第30章 石に花咲く鬼と鬼
すぅ、と息を吸い込む。
体中の血液に酸素を取り込み、血管を膨張させる。
みしりと皮膚を盛り上げ浮くそれに呼応するように、筋肉を張る。
「ふッ…むん!」
気合いの掛け声を一発。
右腕に力を込めて振り下ろせば、ぎちぎちに締め上げていたのびあがりの腕が杏寿郎の力に引き摺られた。
そのまま流れるように腰の刀の柄を握る。
そこからは一瞬だった。
抜刀し、己の体を縛る蛇のような腕を全て断ち切る。
声無き声を荒げながら斬られた腕をのたうち回らせるのびあがりを一瞥することもなく、杏寿郎は枝から跳んだ。
「〝炎の呼吸──肆ノ型〟」
赤い刃が炎を纏う。
のたうち回るのびあがりが危機を感じて同じに後方へと跳ぼうと身を縮めた。
それを杏寿郎は許さなかった。
瞬く隙も与えずに、円を描くようにしてのびあがりの体の周りに刃を振るう。
「〝盛炎のうねり〟」
噴火のような轟音を立てて、円を描く炎の輪はのびあがりの体に繋がっていた全ての腕を同時に斬り落とした。
焼き斬るような痛みを伴う。
その斬撃に、のびあがりは目を剥き出し体を痙攣させた。
ずるりと枝から滑り落ちた体は、受け身も取れずに地面へと衝突する。
「言っただろう。手を出さなければこちらも出さないと」
とん、とそのまま降下した杏寿郎もまた地に足を着く。
「逆の場合も然り。手加減などしないぞ」
目に見えない血を払うように、刃をひゅんと振る。
ゆっくりと歩み寄れば、のびあがりは萎んだ風船から、潰れた座布団のような有り様に変わっていた。
その散々たる様を見下ろす炎の双眸に同情の欠片もない。
冷たく見据える瞳と同じに、淡々と感情の起伏なく告げた。
「俺のものに手を出すならば、その身をもって思い知れ」
じわり。
肌の擦れ擦れを滲み浮くような殺気だった。
死を直感する気配に、のびあがりの体が本能的に逃げの選択を取ろうとする。
しかし動けない。
腕は全て杏寿郎の炎により焼き尽くされ、ただの一つ目玉の潰れた生き物に成り下がってしまった。
逃げ出したいのに逃げ出せない。
それでものたうち回るのびあがりの耳に、耳鳴りが響いた。