第30章 石に花咲く鬼と鬼
鼠男の特化した能力の一つが、この透明化である。
触れた対象者も同様に隠すことで、杏寿郎をのびあがりの傍まで連れてきた。
のびあがりにとって脅威ではないと思っていた妖怪の男に、一杯食わされたのだ。
「さて。では今一度問う。俺の仲間である蛍と巽青年の二人と、この町の住人達の吸血木化を解いてくれないか。この木々を、人間に戻して欲しい」
言葉だけでは通じないと見た杏寿郎が、幹と自身を指差してどうにかのびあがりに伝えようと試みる。
「そうすれば俺も君に手を出さない。攻撃はしない」
柄を握っていた杏寿郎だが抜刀はしていない。
その刀を軽く掲げて頸を横に振れば、のびあがりはじっと日輪刀に目を向けてきた。
それが武器となることはわかっているのか。
日輪刀を見つめたまま目を逸らさないのは、攻撃を警戒しているからか。
「む。これが気になるのか? 大丈夫だ。君が手を出さなければ、俺も手を出さない」
意思表示をするように、握っていた柄から手を離すと両手を上げる。
敵意のないこと、身の潔白を表すには十分な態度だった。
ようやく日輪刀から視線を外したのびあがりが、杏寿郎を見る。
じぃっと一つ目玉で見てくる意思はよくわからない。
そこに歩み寄るように、にこりと杏寿郎は朗らかな笑顔を向けた。
「君は俺の知る世界の者ではない。そこに干渉する気はないから安心するといい」
眉尻を下げ穏やかな笑顔を向ける杏寿郎は、とても先程の気迫ある人間と同一人物には見えない。
殺気も圧も感じないその姿をじぃっと見つめていたのびあがりは、不意に目を三角に歪ませた。
一瞬の隙だった。
両手を上げた杏寿郎の姿に、背後から蛇のように幹に身を隠し忍び寄っていた無数の腕が絡み付く。
「む…!」
一本一本は細くとも無数ともなれば大きな力に変わる。
杏寿郎の腕や足に雁字搦めに絡み付き、自由を奪うには十分だった。
ははははははは。
目を三角に歪ませたままのびあがりが嗤う。
葉のざわめきのようなそれは不気味に重なる笑い声そのものだった。
「…成程。それが君の答えか」
腕や足に力を入れても拘束した腕が動くことを許さない。
にまにまと嗤うのびあがりを冷静に見返して、杏寿郎は笑みを消した。
「残念だ」