第30章 石に花咲く鬼と鬼
命の危機を覚えたのは鬼太郎の技だったが、あの炎の男の放つ技も鬱陶しいものばかりだった。
現に男の邪魔が入り、鬼太郎に攻撃の隙を与えてしまったのだから。
「名はのびあがりと言ったか。俺は煉獄杏寿郎!」
「ちょ…おまっ馬鹿正直に名乗る奴が」
「人間の俺は妖怪の世界のことなどよく知らない。だがこの町の人々や俺の仲間に手を出されて黙って見過ごす訳にもいかない」
警戒を強めるのびあがりに、はきはきと告げる杏寿郎の声は決して圧のあるものではなかった。
「この町で吸血木化させた者達を元に戻すと約束してくれるなら、俺もこれ以上君には手を出さないと誓おう」
「おま…!? 何勝手にッ」
「俺は人間だ。君達の世界の理に無断で踏み込む気はない!」
所々鼠男の驚愕や焦燥の声が挟むところ、杏寿郎は仲間内で嘘八百を並べている訳ではないらしい。
「だから君も俺の世界の者達に手を出さないでくれ」
忙しなく見渡していた目玉の動いを止めると、のびあがりはじっと一点を見つめた。
其処にも勿論杏寿郎や鼠男の姿はない。
ただ寂しく吸血木が町並みに生えているだけだ。
「聞いて貰えないだろうか」
「……ホラ見ろ。やっぱり話通じねーだろ」
「ふむ。…言葉での意思疎通が難しいだけなのかもしれない」
のびあがりが人語を話しているところは見ていない。
重い沈黙にケチをつける鼠男と、ぼそぼそと何かを告げる杏寿郎の雰囲気だけが伝わってくる。
ゆらゆらと無数の腕を揺らしながら、それでものびあがりは枝の上から動こうとしなかった。
吸血木こ枝の上をト、と草履が軽く踏む。
「姿が見えなければ不安にもなる。その声を信用しろというのも難しい話だ」
まるで蜃気楼の中から現れるように、突如杏寿郎の姿が向かい立つ吸血木の枝の上に現れた。
その傍らには不満顔をありありと浮かべた鼠男の姿もある。
「ったく。これじゃなんの意味に隠れたのか…オレはイチ抜けするからな」
「うむ、十分だ! ありがとう、助かった」
「…ケッ」
さっぱりと後腐れのない笑顔で礼を言う杏寿郎に、苦手とばかりにそっぽを向いて悪態をつく。
そんな鼠男の姿は、瞬く間に空気に同化するように消え去った。