第30章 石に花咲く鬼と鬼
するすると吸血木の枝を駆け下りる鼠が数匹。目にも止まらぬ速さで暗闇へと消えていく。
「鼠にゃあ町も森も箱庭同然だ。羽虫なんかもそうよ。そいつらに気味の悪い蛸みてェな生き物を見ていないか訊けば一発だ」
鼠男は鬼太郎のような派手な攻撃技は持ち合わせていないが、彼にだけある特有の能力は幾つもあった。
その一つが鼠や虫と会話ができる能力である。
羽虫の他に地面を這う虫との会話も可能なため、情報伝達・収集などは妖怪の中でも重宝された。
声は間近で聞こえるが相変わらず姿は見つけ出せない。
吸血木が完全に枯れる前に管と化していた腕を引き抜くと、警戒するようにのびあがりはぎょろぎょろと辺りを忙しなく見渡した。
「いくら捜したって見つけ出せやしねェって」
びくりとのびあがりの体が震える。
声はすぐ目の前から聞こえた。
反射のように鋭く尖らせた腕を幾つも目の前に繰り出すが獲物は捕まえられない。
「ムダムダ。それよかお前と話したい人間がいるんだと。酔狂なモンだ全く…」
「酔狂でもなんでも構わん! それが和平への一歩になるならな!!」
「うぉっいきなりでかい声出すんじゃねェよっ」
「すまない!!」
近付いたと思えば遠ざかる。
ふらふらと出所を掴めない鼠男の声と違い、その男の声はっきりとのびあがりの鼓膜を刺激した。
初対面でこんなに闊達な声を向けてくる人間などいない。
故に姿は見えずとも、その声があの炎のような熱を纏う男だとすぐに気付いた。
しかし鼠男同様、目立つあの焔色の髪も炎の羽織の姿も見えない。
「しかし時間は有言。手短にいこう」
鼠男は見えなくとも然程害はない。
そもそもの力が鬼太郎に比べれば強くはないからだ。
歯向かおうとも、今の力でも返り討ちにできる。
しかしあの炎を纏う男は別だ。
人間でありながら見知らぬ力を使う。
それはのびあがりの体をいとも簡単に引き裂き、ただの刀のはずなのに焼けるような痛みを伴った。
時折視界で炎のような現象も見えた。