第30章 石に花咲く鬼と鬼
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──あれ…?
こぽん、と耳に優しい音がする。
水の浮遊のような、心地良い音。
──此処、は…
周りを見渡せば闇一色。
何も見えない。
それでもこぽん、と微かな気泡のような音だけは聞こえた。
──朔…?
朔ノ夜の声にも似ている。
となればこの闇は自身の影鬼なのだろうか。
思考を捻ってみても、意思を向けてみても視界は闇のまま変わらない。
影鬼のようで違うような。
自身の体でさえも見えない闇一色なのに、不思議と落ち着く空間だった。
こぽり、こぽん。
こぽん、こぽぽ。
こぽり、こぽ、ぽぽぽぽぽ
──あ れ
何度も連なる気泡の音が、微かに音色を変えていく。
気泡のようだと思っていた水音は水音ではなく。
まるで吸血木の葉のざわめきが人の笑い声に聴こえた時のような違和感があった。
けれど不思議と怖さはない。
落ち着く空気はそのままに、蛍は耳を澄ませた。
音がする。
連なり重なり囁いていく。
それは
「…ぁ…さ…」
人のこえ。
耳を澄ませば、何かを紡いでいる。
小さな小さな声は時折しゃくり上げては途切れていく。
──これ…は…
涙のようなこえ。
──何処?
心地良い音色だと思っていたそれは、よくよく耳を澄ますと人のすすり泣く声だった。
辺りを見渡す。
声の出所を探るように。
手探りに探す腕の感覚もいまいち掴めない。
それでも手を伸ばした。
聞いたことがあるようで、聞いたことがない声。
何度も何度もしゃくり上げても止まることはない。
誰かを呼んで、泣いている。
「…さ…っ」
暗闇の中で仄かに光る。
灯りとも取れない淡い光は、視界の隅にしか入らないような小さなものだ。
そこに見えない腕を伸ばして、感覚のない手で手繰り寄せる。
「…ん…っ」
実態のない指で掻いても掻いても光には届かない。
それでも耳に残る声がなんだか哀しくて。
──そっちは寒いから
ない唇で呼びかけた
──こっちへおいで