第30章 石に花咲く鬼と鬼
「俺は君の生い立ちも環境も何も知らない。君の世界を知らないところで理解したなどとは大口は叩けない。だが俺は俺の世界のことなら知っている」
潔く下げた頭を再び上げて、杏寿郎が捉えているものはただ一つ。見据えるべき己の世界だ。
「俺の知る世界では斑なままではいられない。俺達がそうであっても、周りがそれを許さない。俺の世界では"鬼"になるとはそういうことだ。…だから蛍の傍にいたい。心だけでなく、言葉通りに彼女の傍にいて守っていたいんだ」
「離れていても心は傍にある」などと吐きはしない。
傍にいてつぶさに見ていたい。
彼女が何に心を染めて、喜び、哀しみ、楽しみ、苦しむのか。
見ていなければわからない。
一歩ずつ二人の道を踏みしめ歩む為には、しかとその手を握っていたいのだ。
「色事であってすまない。しかし俺の未来に蛍は必要なんだ。ここで失う訳にはいかない」
「……」
「だから君の力も貸してくれないか。頼む」
再び下がる焔色の頭を、そっぽを向いていた鼠男の視線が捉える。
「あークソ。そう男が易々と頭下げるんじゃねェよ」
「そうか? 俺の頭一つで蛍が救えるなら安いものだ!」
「だからおま…っああクソ! オレ様お前苦手だわ!」
「? すまん!!」
「わかってねェ癖に謝んな!!」
「すま…ありがとう!!」
「礼も同じだっての!!」
ああ言えばこう言う。
そのどれもが杏寿郎の言動は率直過ぎて、捻くれながら生きてきた鼠男には眩しいものだった。
反りが合わないというのはこういうことを言うのか。
どうにも相性が良い気はしない。
それでもこの目の前の真っ直ぐな男を嫌いにはなれなかった。
(苦手だけどな、こういう奴)
心の中で悪態をついて、直視できないとばかりにしっしっと蠅を払うように手を振る。
「わぁったわぁったよ! 蛍に借りがあるのは事実だし、手伝ってやりゃいいんだろッ」
「本当か!?」
途端に満開の花が咲くかのように期待に満ちた表情を浮かべるのだから。
こういうところが苦手なのだと、渋い顔をしながらも鼠男は喉まで出かかった拒否を飲み込んだ。