第30章 石に花咲く鬼と鬼
「手を出されたくないって…やっぱ蛍はお前の」
「大切なひとだ」
鼠男が指摘する前に、さらりと杏寿郎の口で想いを形と成す。
「大切な"ひと"っておいおい…まさか鬼である蛍を悪鬼とやらと一緒くたにしてなかったのは、色事が理由かァ? 意外だな」
色事の目で見ていれば、それは贔屓もしたくなるというもの。
白けた顔で告げる鼠男に、しかし杏寿郎には動揺も不安も見受けられない。
「いいや、蛍を悪鬼ではなく一人の個として見ていたのは今の関係となる前だ!…と口で言ったところで、何も知らない君達にはどう捉えられようとも仕方がないのかもしれないな」
ただ、と告げる杏寿郎の声色が静まる。
「他人にどう見られようとも、俺自身がその意志を貫けていたらそれでいいと思っている。彼女が俺の想いを知っていてくれたらそれでいい」
一つ一つ、言葉を想いの型とするように紡ぐ杏寿郎は、惚気に染まるものではなかった。
白けて見ていた鼠男は長い髭を手持無沙汰に握り伸ばすと、そっぽを向いて溜息をつく。
「オレはお前さんらの世界のことはよく知らねェけどよ…オレの世界でだってやれ人間だ妖怪だ、人間同士だってやれ人種がどうだと戦争を起こす。世界ってのは斑にできてんだ。鬼だ人間だなんて白黒つけたらしんどいだけだっての」
「…鼠男」
「あんだよ。これはオレの信条だ。鬼太郎にだって否定させねェからな」
「そんなことは言わないが…」
「うむ、成程。…君が牛鬼に関して蛍に向けた姿勢はそこから来ていたのだな」
人間がどうだ、妖怪がどうだ。そんな言葉に一番振り回されてきたのは、人間と妖怪の合いの子である鼠男自身なのかもしれない。
だから蛍のおとぎ話で聞いただけの牛鬼への興味に難色を示していたのだろう。
「へェ…それだけでオレの全部がわかったって?」
「いやわからないな! すまん!!」
いとも簡単に感情を拾い上げるかのような杏寿郎の物言いに異議を唱えれば、疑うより早く大きな声で謝罪をされた。
あまりの潔さに、ぽかんと鼠男の目が丸くなる。