第30章 石に花咲く鬼と鬼
「ならば俺も彼を見捨てない。必ず蛍と共に助け出す」
握った拳の中に影鬼の気配はない。
それでも飲まれた蛍の手から離れた名残がまだ残っているのならば。
(蛍は生きている)
そもそも彼女は鬼なのだ。
陽光に当てられるか日輪刀で頸を斬られない限りは死なない。はずだ。
「鬼太郎少年。目玉親父殿。鼠男殿。力を貸してくれ」
振り返った杏寿郎がようやくその目に三人の妖怪を映した。
常備貼り付けるように浮かんでいた笑顔はないが、炎が灯るような双眸は諦めてなどいない。
鬼太郎の頭から身を乗り出す目玉親父が頷く前に、少年の頭は縦に頷いていた。
「勿論。ならまずはのびあがりを見つけ出さないと。手負いの状態ならそう遠くへは逃げてないはずです」
「うむ! しかし少年のあの凄まじい電撃を喰らってもあそこまで抵抗できたんだ。決め手に欠けるな」
「俺にやらせて下さい」
「まだ手はあると?」
「次こそは、必ず」
畳みかけるように告げる鬼太郎は、普段の淡々とした感情の起伏が見えない表情(かお)ではなかった。
譲らない強い思いをその姿勢から汲み取った杏寿郎が、一つ返事で頷く。
「わかった、君を信じよう。ただし俺にも一つ希望がある」
「なんじゃ?」
「とどめは少年に任せよう。のびあがりは妖怪でなくとも君達の世界に近い生き物なんだろう。捕獲も始末も、君達の役割だと思っている。ただ俺にも機会を作ってはくれまいか」
「機会?」
「のびあがりと向き合う機会だ。吸血木と化した者達を救う手立ては、のびあがり自身が知っているかもしれない」
「あいつと向き合うゥ? 本気で言ってんのか。あんな意思疎通だってできるかわかんねェ相手に…」
「だからと言って素通りする訳にはいかない。蛍達の命が懸かっているんだ」
鼠男の問いに杏寿郎の視線が向く。
視線は向いているが、その目は鼠男を捉えてはいない。
見越した何かを見据えるように、炎の眼差しが鋭さを宿す。
「これ程の無害な人々に被害を与えたこともそうだが、俺が一等手を出されたくはない者に危害を加えられた。見過ごす訳にはいかん」