第30章 石に花咲く鬼と鬼
「お前が無事なのは誰のお陰だ」
「いギッ」
「ちゃんちゃんこでお前を逃がす時間を作ってくれた蛍さんだろう」
「そ、そゲは…っ」
「鬼太郎やめんか! 今は争ってる場合ではないッ!!」
幼い手が鼠男の頸を鷲掴む。
ぎりぎりと締め上げる片手は細いもののびくともせず、鼠男は苦し紛れに声を詰まらせた。
ぴょこんと杏寿郎から飛び跳ねた目玉親父が鬼太郎の頭に飛び乗れば、はっとしたように少年の力は止まった。
「げほっゲホ…!」
「…悪い鼠男」
「ったく勘弁してくれよ…! お前の言いたいことはわかるけどよォ…!」
「…俺はお前の言いたいことはわからない」
「いやそこ真面目に返すなよ…わかってて頸締められる方が恐怖だわ」
素直に手を離した鬼太郎は謝罪するものの、その表情は一切の感情を宿していない。
淡々と告げる声に突っ込みを入れる鼠男は慣れたもので、頸を擦りながらひらひらと片手を振った。
「お前がそこまで感情的になるのも驚きだけどよ…色々とまずいのはあっちじゃねぇの?」
敢えて名前は呑み込み、視点で訴える。
鼠男の見る先には、吸血木の前に立ち尽くしたまま動かない杏寿郎がいた。
「ううむ…煉獄君…」
どう声をかけるべきか、目玉親父も考えあぐねて口を閉ざす。
吸血木が複数の人間を襲うなど、目玉親父にも未知なる経験だった。
だからこそ憶測で簡単にものは語れない。
「……」
一人立ち尽くした杏寿郎の視線が不意に落ちる。
蛍自身の指先に触れることも叶わなかった己の掌。
そこにふわりと、揺らめいたのは微かな"名残り"。
「…朔ノ夜」
呼んでも影は姿を現さない。
しかし確かに、掌に感じた気配は蛍の扱う影そのものだった。
「……蛍は、後をお願いと頼んできた」
掌で拳を握る。
吸血木に飲まれて消える間近、触れることはできなかったが互いの視線は確かに交えられた。
見えた鮮やかな緋色の瞳は、決して絶望に染まってなどいなかった。
「蛍が巽青年の傍に身を置いたのは、彼を見捨てなかったが故だ」
拳で触れた吸血木は、もうただの大木と化したように微動だにしない。