第30章 石に花咲く鬼と鬼
「蛍ッ!!」
切り裂くような声に呼ばれた。
体は既に硬い樹脂に覆われて身動きは取れない。
それでも視界の端に捉えた杏寿郎の姿に、蛍の唇が動く。
「っあと、を」
赤黒い樹脂が蛍の体を覆っていく。
それでも巽に握られた手とは反対の腕を伸ばし、蛍は軋む指先で思いを告げた。
「おね、がい」
ぱきん、と体が軋み動きを止める。
瞬きの刹那で辿り着いた杏寿郎が伸ばした指先に触れた時、既にそれは硬い木の枝と化していた。
「っ…ほたる…」
触れた掌に伝わるものは冷たい木肌の感触だけ。
蛍の姿は全て大木に飲まれ、その片鱗さえ見えない。
唖然と名を呼ぶ杏寿郎の双眸が、限界まで見開く。
「なんということじゃ…巽君だけでなく蛍ちゃんまで巻き込み吸血木化するとは…」
恐る恐る胸ポケットから顔を出した目玉親父もまた、目の前の一本の巨大な大木となった吸血木を唖然と見上げた。
「今までこんな現象はなかったというのに…ああ…」
吸血木の種が寄生できるのは一個につき一つの生命。
複数の人間を巻き込んで寄生するなど今まで見たことがない。
「のびあがりにより吸血木の種を悪用されたことはあるが…まさかこんなことになるとは…」
「…父さん」
「! 鬼太郎っ」
「蛍…さんは…」
「それが、巽君の吸血木化に巻き込まれてしまったんじゃ…」
からり、と力無く引き摺る下駄の音。
肩を庇いながら歩み寄る鬼太郎に、頭部である眼球を落ち込ませて目玉親父が項垂れる。
「そんな…」
鬼太郎もまた目の前の大木を見上げて声を失った。
他の吸血木よりも一回り大きいそれは、二人分の命を吸っているからなのか。
びくびくと周りを警戒しながら近寄る鼠男が、そそくさと鬼太郎の背に身を縮ませ隠れた。
「そんなことより早く此処から逃げ出そうぜ…っのびあがりの野郎消えやがったが、またいつ何処から現れるか」
「そんなことより?」
こそこそと呼びかけてくる鼠男に、ぴたりと鬼太郎の疲労で乱れていた息が止まる。
無言で幼い隻眼を見開くと、ぎょろりと鼠男のひょろ長い背を見上げた。