第30章 石に花咲く鬼と鬼
鬼の筋力は人間とは比較にならないものである。
呼吸を扱う隊士なら互角に渡り合うことも、時として上回ることも可能だとしても、持続性はない。
再生を繰り返し無限の力を生み出す鬼だからこそ"脅威"と見做されるのだ。
「あがッぁああ!?!!」
「っ!?」
ぶちぶちと肉を断つような耳に痛い音を拾って、咄嗟に蛍は力を弱めた。
巽を吸血木から引き離そうとすれば、巽自身の肉を引き千切ってしまう。
この赤黒い木肌自体が巽の体なのだとしたら。
(どうしよう…ッこれじゃ巽さんを助けられない!)
踏ん張っていた足の力が弱まる。
ずるりと引き摺られた蛍の体は、顔面蒼白と化した巽の前に晒された。
「巽さ…」
「ぃ…嫌だ…死にたく、ない…」
めきめきと硬化していく肌はもう残された人肌などほとんど見えない。
右目の周りと、口の半分、そして枝の隙間から覗く指先だけだ。
「こんな…所、で…鬼も倒せずに…ッこん…な…ッ」
硬化していく口がぎぎぎ、と動きを止める。
喋ることもままならない巽の悲痛な叫びは、涙の溜まるその瞳に見えていた。
「…ぁ…さ…」
息を吞む。
絞り出すようにして巽が口にしたのは剣士としての使命だ。
そこまで奮い立ち真っ直ぐに鬼殺隊としての道を歩もうとしている巽の、掠れた声が最後に紡いだ音に何も返せなくて。
「…たつみ、さん」
ようやく紡ぎ出せたその名は、既に目の前の青年には届いていなかった。
それでも唯一感じられる掌の中の温もりは消えない。
握り返してくる力は弱まることなくしかと蛍の手と繋がっている。
死んではいないのだ。
吸血木に成ろうともまだ生きている。
「…っ」
微弱ながら感じる巽の命の片鱗に、蛍はその場に足をとどめた。
硬い幹へと変えた木肌が、絡むままに蛍の体も覆っていく。
巽の掌の温もりと繋がったままの手は、既に肩まで木の枝に絡まれ侵食されていた。
腕だけではない。
足も、胴も、頭でさえも。
囲うように取り込む吸血木の木肌は、まるで底なし沼のように蛍を飲み込んでいく。