第30章 石に花咲く鬼と鬼
「なんであれ叩く他あるまいッ!」
今ののびあがりなら翼を持たずとも切っ先は届く。
とどめを刺さなければ。
それしか巽を助ける手立てはないと、杏寿郎の刃が炎を纏う。
それが読めていたのか、手負いの所為か。
今まで逃げる素振りを見せなかったのびあがりが初めて後退した。
しなる鞭のような腕で杏寿郎の刃を弾き返すと、見る間に空気の抜ける風船のように萎んでいく。
ひゅるひゅると空を舞う小さな発光体から舞い上がる風のような笑い声。
「いっ嫌だ…ッ! うわぁあああアアァあ!!!!」
そこに重なる巽の叫びに杏寿郎は顔を歪めた。
「朔ノ夜! あれを追う!!」
空高く舞い上がっていくのびあがりを追う為に、足掛かりとなる朔ノ夜を呼ぶ。
しかしその名を告げ終える前に阿吽の呼吸で傍に身を置いていた影の魚は見当たらない。
何故か。
主である蛍へと振り返った杏寿郎は、屋根へと飛び移ろうとしていた足を止めた。
「た…巽、さん…ッ」
盛り上がり、捻り、歪んでいく。
見る間にその姿を赤黒い木へと変えていく巽の傍で、蛍は一人踏ん張っていた。
その腕は巽の枝へと変わった手に絡め取られ、強い力で引き込まれていく。
鬼である蛍ならば、例え相手が妖怪であろうとも簡単に力負けはしないはずだ。
なのにその場から動けない。
蛍を躊躇させていたのは、吸血木へと成り変わりゆく巽だった。
「た…助け、て…ッ」
皮膚を歪ませ、その顔でさえも赤黒い幹へと変貌していく。
絶望と混乱の中で涙ながらに巽が助けを求めたのは目の前にいる蛍だ。
ぎり、と鋭い牙を持つ歯を食い縛る。
蛇に絡まれるように枝に巻き付かれているが、覆い尽くされた蛍の掌には確かに巽の手の感触があった。
(まだこの中に巽さんの体があるなら…!)
焦るなと自身に言い聞かせる。
呼吸を整えて足の裏に意識を集中させると、掌に感じる確かな温もりを強く握りしめた。
「ん、の…ッ!」
渾身の力で掌の温もりを引き上げる。
巽の両脚は既に木の根となり地面を潜り這っている。
そこから引き剥がす為に、蛍は力を込めた。