第30章 石に花咲く鬼と鬼
「鬼太郎!」
「ッまだ抗う気か…!」
手負いの獣程恐ろしいものはない。
捨て身の攻撃が一般市民へと向けばどうなるか目に見えていた。
咄嗟に杏寿郎が視線を巡らせたのは、吸血木へと変えられた人々。
逃げる術も持たない町の住人達を、朔ノ夜が守るように黒い影で覆っている。
であれば木々を砕くことなど不可能だ。
命までは奪えはしないはず。
手負いならば速度も先程より落ちている。
誰に牙を剥こうともすぐさま反撃できるように、杏寿郎は両手で刀を構えた。
(来るなら来い)
剥き出しの目玉が血を滲ませぎょろぎょろと彷徨う。
姿を現した時から常に四方を忙しなく動いていた目玉が、不意に止まった。
今にも眼球を零さん程に剥き出し一つ目玉が睨む先──それは。
「…蛍?」
その視線を追って振り返った杏寿郎の視界に、建物の一角で待機する蛍の姿が見えた。
「…ぁ…」
「…巽さん?」
否。
一つ目玉が捉えた先。其処には唖然とした表情で立ち尽くす巽がいた。
蛍の呼びかけにも応えない。
その目はのびあがりに釘付けのまま、微動だにせず立ち尽くしている。
めき、と何かを割るような奇妙な音が聞こえた。
「…え?」
音を拾ったのは巽の耳。
己のすぐ傍で鳴る奇妙な音に視線を辿る。
落ちた視線が捉えたのは体の先──掌だった。
めき、と奇妙な音を立てて。
割れていたのは己の肌だ。
「ぅ…ッうわぁあああ!?!!!」
「巽さんッ!!」
まるで水分を浄化するように肌が皺を寄せて硬化していく。
めきめきと歪な音を立てながら固まる掌は巽の意思とは関係なしに、赤黒く染まっていった。
「う、腕っ俺の腕が…ッ!」
「これは…ッ」
赤黒く、硬く、長く。
めきめきと音を立て形を変えていく腕は、まるで木の枝のように。
「いかん! あれは吸血木化じゃ!」
「既に種が仕込まれていたのか…!?」
目玉親父の指摘に、杏寿郎の目がのびあがりを捉える。
巽が吸血木と化そうとしている。
事前に種を仕込まれていたにしてもタイミングが不自然過ぎる。
異変の表れは明らかにのびあがりが原因だ。