第3章 浮世にふたり
「知りたいなら、本人に直接訊けばいい。真実を知っているのはあいつだ」
「……」
「それができないなら、重ねて見るのはやめろ」
「何を…」
「あいつの姉は、お前の姉じゃない」
ぴたりとしのぶの声が止まる。
噛み締めた唇は強く、大きな眼の瞳孔が開く。
「あいつの姉はあいつの姉だ。お前の姉もお前の姉だ。他者と比べてなんになる」
「…知った口を利かないで下さいませんか」
「ならお前も知った口を利くな。なまじ憶測を語ったところで、あいつの何を知ったことになる。否定したいなら真っ向から見てみろ」
「それなら問いますが、貴方はあの鬼の何を知っているんですか? 冨岡さん」
「何も」
「なら貴方も同じじゃありませんか」
「…そうだな」
蛍のことを天秤に賭けた時、いつも義勇の頭に浮かぶのは一つの光景だった。
鬼独特の縦に割れた瞳孔に、鋭い爪に鋭い牙。
誰かを襲ったのだろう、真っ赤な血に染まった口と手をそのままに、しかし彼女は啼(な)いていた。
己の中の悲しみや苦しみを全て吐き出すかのように、咆哮し嗚咽を漏らし、啼いていたのだ。
鬼化したばかりの者が人の血肉を喰らえば、忽ちに理性など吹き飛ばしただの殺人鬼と化す。
そんな鬼を幾度も見てきたからこそ、蛍のその姿は義勇にとって青天の霹靂だった。
「だが、大事なものは見落とさずに済んだ」
もしその姿を見ていなければ、もし少しでも蛍と出くわす時間が前後していれば。
此処に今の蛍も義勇もいなかっただろう。
「意味がわかりませんけど」
「言葉で説明してどうにかなるものじゃない。そもそも俺とお前で観点も違う」
何かと昔からしのぶとは対立してきた。
今更そこを埋められるとは思ってはいないが、だからと言って彼女を否定するつもりもない。
しのぶにはしのぶの信念がある。
だからこそその腕力のない小柄な体で、柱にまで上り詰めたのだ。