第3章 浮世にふたり
「それも女は姉だったとか。身内に手を上げた罪は、他人の命を奪うより重いものですよ」
「…それは違う」
「何がです?」
「あいつは姉を殺してはいない」
義勇が蛍の姉を埋葬した時、その体には乱暴に扱われた跡があった。
鬼である蛍が残した跡なら、ただの青痣では済まない。
鬼化したばかりの加減など知らない爪では、皮膚を引き裂き血を飛ばすだろう。
蛍の姉はあの場にいた男達に、致命傷ともなる手傷を負わされた。
その場面を見た訳ではないが、義勇は現場の幾つもの痕跡からそう判断を下した。
「何を仰っているのやら。私は薬学の他に人体にも詳しいんです。あの鬼の体を最初に調べた時、咥内から人の肉片と思われる細胞の欠片が見つかりました。つまりあの鬼は、人を殺しただけではなく喰べたことになる」
「……」
「そして冨岡さんの提供した情報によれば、あの鬼は男達の体をバラバラに跡形もなく引き裂き、死んだ姉の体を抱いていたとか。その姉の体に噛み跡はなかったですか?」
「……」
「私も長いこと鬼の観察をしてきました。あれはより新鮮な血肉を好む。そこを辿れば、あの鬼の咥内から見つかった肉片は、容赦なく崩された男達のものではなく…恐らく姉のもの」
すらすらと己の推理を口にしていたしのぶの気配が、ざわりと立つ。
「あの鬼は、自分の姉を殺して喰った。万死に値する罪です」
張り詰めた空気が殺気立つ。
しのぶの顔から笑顔が消えた。
「…あいつは姉を喰ってはいない」
しかし義勇は臆さなかった。
尚も静かに主張し続ける義勇に、しのぶの顔にようやく不快の感情が浮かんだ。
「私の話を聞いていました? 喰べていないなら、その証拠は? 冨岡さんの情報に、そんな記載はありませんでしたよ」
「俺のそれも所詮は憶測だ。お前のそれと変わらない」
ぴくりとしのぶの唇が結ぶ。
「だが、あの場であいつを見たからわかる」
「…何がわかるんですか」