第30章 石に花咲く鬼と鬼
対象は宙に浮いている。
その距離は五階建ての建物程の高さ。常人では届きはしない。
空を飛べない杏寿郎が駆け抜けたのは黒く塗り潰された建物だった。
朔ノ夜によって薄い壁の膜が張られた壁を走り抜ける。
足のつま先に力を込めれば、読んだように足場の壁が跳ね上がる。
固い建物の屋根や壁のはずが、杏寿郎の足場だけは補佐するように自由自在に動いた。
──ダンッ!
その勢いを利用して飛躍する。
空を飛べないはずの杏寿郎の体は、自在にのびあがりの視界の前を風の子のように跳んだ。
杏寿郎が持つ脚力も勿論のこと、力を補っているのは朔ノ夜の能力。
そしてそれらを形にして繋げているのは、ぴたりと息を合わせる呼吸の連鎖だった。
朔ノ夜だから可能なのではない。
巽の傍で待機している蛍が、目視(もくし)だけで杏寿郎の呼吸に合わせているからだ。
「流石、我が継子だ」
深く口角が上がる。
過去に幾人も継子として面倒を見てきた。
大半の者は途中で根を上げたが、その中には柱となるまで成果を上げた女性もいる。
それでもここまで阿吽の呼吸を合わせ共に戦い抜いた者はいない。
槇寿郎にも告げた通り、蛍は何処に出しても恥ずかしくはない。寧ろ胸を張り自慢すべき継子だ。
目の前を跳ぶ杏寿郎が煩わしいと言わんばかりに、しなる鞭のような長い手が襲いくる。
しかし杏寿郎の速さには追い付けず、回避の際に反転し背後を取った赤き刃に削られていった。
「一、二、三、四! 先程の素早さはどうした!!」
次々と腕を斬り落とされる度に、オオオオオと風の呻りが大きくなっていく。
臆することなく杏寿郎は笑うと、民家の屋根の上で着地と同時に足を滑らせた。
滑る足にゴムのような伸縮性で盛り上がっていく黒い影。
ぐぐぐ、とぎりぎりまで杏寿郎の足場を食い止めると、反動でばちん!とその体を弾き飛ばした。
向かう先には赤黒いぎょろぎょろと四方に蠢く巨大な目玉。
「蛍も親父殿も綺麗な緋色をしているが、お前の目はなんとも毒々しいものだな!!」
日輪刀を大きく振るう。
一直線にのびあがりの瞳を狙うその刃に、残された全ての手が杏寿郎を狙う。