第30章 石に花咲く鬼と鬼
(朔、援護して)
蛍が視線だけで影の金魚に命じれば、駆けゆく杏寿郎に沿うように泳ぎ飛んだ。
「協力してくれるか、助かる!」
空からゆっくりと落ちてくる巨大な発光色の塊。
四方から伸びた手は先程までの夥しい数はない。
それもまた蛍が手元から離れた影響なのか。
「朔ノ夜は市街に被害が及ばないよう守ってくれッ」
「貴方だって危険です…!」
「うむ。だが人間に害を及ぼすとあらば見過ごす訳にはいかん!」
杏寿郎の命に応じて朔ノ夜の体が地面へと沈む。
その場から黒く広がる影は地面を覆い、根から繋がる吸血木も黒く覆っていく。
一足先にのびあがりと対峙していた鬼太郎の隣に並ぶと、眉を跳ね上げ杏寿郎は強く笑った。
「人間でなくとも手負いの少年一人に任せる程、不甲斐ない大人になったつもりはない!」
言い負かされるような圧はない。
なのに不思議と返す言葉が見つからず、鬼太郎はじっと強いその笑顔を見上げた。
「…では父さんをお願いできますか」
「む?」
己の頭に移動していた小さな父を掌に乗せて差し出す。
「鬼太郎…」
「大丈夫です。僕がとどめを刺すので、煉獄さんはのびあがりの注意を引いて下さい」
「俺が囮となるのはいいが、それなら親父殿は──」
「大丈夫じゃ、煉獄君」
ぴょこんと自ら跳ね上がった小さな体が、杏寿郎の手元に移る。
「言ったじゃろう。鬼太郎は儂の息子じゃ。信じてくれ」
「…わかった。親父殿は此処から出ないように」
「うむ!」
多くは聞かずとも十分だった。
この父が大丈夫と言えば大丈夫なのだ。
隊服の胸ポケットに目玉親父を滑り込ませると、刀を構えたまま低く腰を落とす。
「とどめは少年の呼吸に合わせる」
ひゅんひゅんと唸る複数の腕が、まるで鞭のようにしなる。
数は減ったが当たれば皮膚も裂く程のしなやかな無数の手を見上げて、杏寿郎は強く地面を蹴り上げた。
ドン!とその場で強い振動が響く。
ふわりと舞う土煙だけを残して、杏寿郎の姿は消えていた。