第30章 石に花咲く鬼と鬼
「蛍ッ無事かッ」
「ん…っ」
未だに蛍の体に絡み付いている触手のような長い手を剥ぎ取る。
幾重にも巻き付けられているそれは目に見えないはずだったが、薄らと杏寿郎の視界に青白い発行体を浮かび上がらせた。
「! これは…」
「蛍ちゃんが手元から離れたからじゃ」
「だから姿を見せたと?」
「うむ」
「…顕著なまでの影響力だな」
ぐんぐんと地面に向かって降下していく朔ノ夜。
振り返った杏寿郎の視界に、うねうねと頭上で蠢く触手のような手が幾つも見えた。
青緑色の発行体。
それはなんとも形容し難い、巨大なナマコのような形をしていた。
うねうねと体の表面を揺らしながら四方八方に飛び出す無数の手はさながら蛸の触手のような気味悪さがある。
そして体の中心と思わしき所には、剥き出しの目玉が一つだけ。
限界まで見開いた目玉がぎょろぎょろと辺りを巡り、蛍の姿を捉えた。
「ひ…っ」
一反木綿や目玉親父も奇妙な姿をしているが、比較にならない得体の知れなささだった。
蒼褪める蛍の耳に届く、はははははと風のような人の笑い声のような謎の音。
身を竦ませ肌を粟立たせる蛍の怯えを腕の中で感じて、杏寿郎はのびあがりに背を向けた。
蛍を庇い隠すように抱いたまま地上を睨み付ける。
「蛍を狙わせる訳にはいかない。しかし此処では分が悪い、地上に戻る!」
「うむ! 鬼太郎、やれるか!?」
「はい…っ」
一気に降下する朔ノ夜はのびあがりの触手を振りほどき、地上擦れ擦れでふわりと浮き上がると勢いを相殺した。
同時にその鱗から杏寿郎と鬼太郎の足が離れる。
「蛍は巽青年の傍に」
「炎柱! 俺も──」
「君は待機命令だ。此処は俺と鬼太郎少年で押さえる」
日輪刀を抜く巽の傍に蛍を下ろすと、巽に目線を寄越したのは一度だけ。
己の爪で傷付いた蛍に視線を合わせるように、頬に片手を添えるとじっとその目を見据えた。
「待てるな」
「っ…うん」
浅く呼吸を繋ぐ息。血を流した体。鬼としての欲はまだ顔を見せずとも時間の問題だ。
飢餓症状が出る前にと、日輪刀を握る手に力を入れる杏寿郎は身を翻した。