第30章 石に花咲く鬼と鬼
「蛍!!」
先程と同じく刀を見えない縛りに振るおうとすれば、槍のような勢いで降り注ぐ触手の雨が邪魔をする。
「く…っ近付けさせない気か…!」
「蛍ちゃんはのびあがりの恰好の餌じゃ! 傍に置いておれば力も増幅する…!」
「だから手放す気はないと」
あんなにも手応えのなかった鬼太郎の縛りは、元々そこまで執着がなかった為だ。
しかし蛍に対しては違う。
よくよく見れば藻掻く蛍もまた反抗して鋭い爪や牙を剥いている。
しかし見えない縛りを切り裂いても、すぐまた上から別の縛りが覆ってくるのだ。
雁字搦めに縛り上げられた蛍の口まで塞ぐようにして、見えない手が自由を奪う。
「彼女は昔から"そういう類"には好かれるらしくてな」
ぶしりと赤い血が跳ねる。
抗う程に己の体も傷付けている蛍の姿に、みしりと杏寿郎の額に血管が膨らみ浮かんだ。
「俺としてはどうにも妬けるものだ!!」
細く飛ばした呼吸が笛の音のように空(くう)を飛ぶ。
同時に下から払い上げた斬撃が炎を宿して目の前の手の雨を焼き払った。
「蛍! 影壁!!」
休む暇もなく続け様に構えた杏寿郎は、たんっと朔ノ夜の鰭から跳んだ。
手足の自由は利かないが意思は動く。
咄嗟に己の体を包むように、蛍の周りに薄い影の壁が張った。
(炎の呼吸──参ノ型)
先程の太刀筋とは異なり、真上から振り下ろされる刃から吹き出た炎の塊。
人一人など優に覆い尽くしてしまう炎は蛍諸共周りの手の群を焼き払った。
「はぁ…っ杏、寿郎…!」
緩む口の縛りに、蛍が声を上げる。
自身は影の壁を這ったお陰で致命傷は免れた。
焼き斬れる影とのびあがりの手。
縛りによる支えを失った蛍の体は重力に従い落下する。
「朔ノ夜!!」
杏寿郎の呼びかけが届く前に、既にその巨体は杏寿郎の足元にあった。
煌びやかな鱗の背でなんなく杏寿郎を受け止めると、そのまま流れるように蛍へと飛ぶ。
焼き斬れ落ちるのびあがりの手の残骸を掻い潜りながら、杏寿郎は広げた腕で蛍の体を抱き止めた。