第30章 石に花咲く鬼と鬼
優雅な身の振り方でありながら、朔ノ夜は瞬く間に高い高度に浮かんでいる蛍達まで迫った。
「ぅ…ッ」
「鬼太郎ォ!」
近付けば何故二人は宙に浮いているのか、漠然とだが読み取ることができた。
見えない何かに縛られている。
それが二人の体の自由を奪っているのだ。
見えない何かは確認せずとものびあがりのものだと杏寿郎は理解していた。
瞬時に腰の刀を退き抜き構える。
見るからに痛手を負って小さく呻く鬼太郎へと朔ノ夜は飛んだ。
ざんッ!と通り過ぎ様に赤い刃が鬼太郎を縛る見えない腕を切り裂く。
ぐらりと傾く少年の体が落ちる前にと、素早く身を翻した朔ノ夜が扇のような尾鰭で受け止めた。
「鬼太郎! 無事かッ!?」
「父、さん…はい、僕は…どうにか…」
肩を押さえながら歯を食い縛る鬼太郎の体には、至る所に赤い染みができている。
のびあがりに襲われた結果か。人間であれば動くこともままならない怪我だろうが、幽霊族である彼は違った。
(手応えが然程ない。これが本当に親父殿の言うのびあがりなのか?)
目玉親父の言葉からは、得体の知れない未知の生物である空気が伝わっていた。
しかしどうにも拍子抜けするような手応えの無さだ。
あっさりと縛り上げた何かを切り捨てた己の刃を見つめる杏寿郎の肌が──ぞわりと粟立つ。
オオオオオオ、と風の咆哮のような空気がびりびりと震えた。
獣の雄叫びのようなそれに顔を上げれば、空(くう)を何かが切り裂く。
「ひゃあ!?」
「親父殿! 鬼太郎少年! 掴まっていろ!!」
視界には何も見えない。
しかし空気のブレが牙を剥く何かを伝えてくる。
まるでその一手一手が読めているのかのように、朔ノ夜は器用に体を捻らせ紙一重に避けながら飛んだ。
自由自在に宙を飛ぶ魚は上下にも体を振る。
振り落とされないようにと杏寿郎の後頭部で結ばれた髪にしがみ付く目玉親父に、身を低くして滑らかな鱗の背に乗る鬼太郎。
襲っていたのはのびあがりの無数の触手のような手だった。
降り注ぐ手の雨を掻い潜りながら、朔ノ夜が向かったのは縛られた蛍の元。