第30章 石に花咲く鬼と鬼
蛍の血鬼術である朔ノ夜は空を飛ぶ能力を持っているが、蛍本人にその異能は無い。
鬼太郎もまた一反木綿の力を借りて空からの捜索をしていた為に飛行能力がないのは確認済み。
ともあれば何故二人が宙に浮いてなどいるのか。
「なんだ…あれは…?」
その答えはすぐに見つかった。
目には見えないが、二人の傍の夜空が不可思議な景色に映る。
見えなくとも肌で感じる。
五感にはない直感的なものも危機感を刺激してくる。
それは杏寿郎が今まで何度も死線を潜り抜けてきたからこそ感じるものだった。
あそこには二人以外の何かがいる。
「むぅ…っやはりか!」
「親父殿、やはりとは」
「五百年前にもその姿を一度現したんじゃ。あれ以来見かけたことはついぞなかったから消えたものだと思っていたが…ッ」
「な、なんだよ…まさかあれが黒幕の妖怪だって言うのか?」
恐々と問う巽に一瞥も暮れずに、目玉親父は夜空を凝視した。
「あれは"のびあがり"という妖怪じゃ。妖怪と言うのも定かかどうか…何処から来たのか誰も知らん存在なんじゃ」
のびあがり。
誰がそう呼ぶようになったのか。"のびあがり入道"とも呼ばれるそれは、正に性質そのままに名を付けられたようなものだった。
幽霊族のように、妖怪種族とはまた一線を引いた存在はいる。
しかしのびあがりは属する種族でさえも不明である。
のびあがりを見た人間は妖怪の類だと恐怖しているが、同じ世界に住まう者として目玉親父はその不可解さを知っていた。
「本体は半透明に近い細胞組織をしておってな。目視もできるもんなんじゃが、ああも背景に溶け込めるとは…蛍ちゃんの影響か」
「どういうことだ?」
「のびあがりは対象者によって姿形を変える。時にその力をもじゃ。頸を曲げれば曲げる程その背丈は伸び上がり体は膨らむ。じゃから"のびあがり"と名付けられた」
「つまり彩千代がどう関係してるんだ?」
「…蛍の妖怪に対する恐怖か」
「うむ。"恐怖"という餌はのびあがりにとって一番の馳走じゃからのぅ」
蛍の恐怖故に妖怪を直視できない思いが具現化しているとでも言うのか。
冷静に頭を回すも、杏寿郎も限界だった。