第30章 石に花咲く鬼と鬼
人気のない町並み。
昨日までは単なる町の装飾の一つに過ぎないと思っていたものが、事実を知るとがらりと姿を変えた。
「うーむ。よもやここまで吸血木の浸食が進んでいるとは…単なる風景の一つとしか見ていなかった自分が不甲斐ない!」
はたはたと炎の羽織が夜風にはためく。
開けた視界に辺りを見渡す杏寿郎の目に映るは、赤黒い木々の枝々。
「え、炎柱…っ危ないから下りて下さい!」
「む? 子供ではないから踏み外すことなどしないぞ!」
「違います! それは、ょ…っ妖怪の一種なんでしょうッ? 危ないですから!」
「成程」
下から切羽詰まった声で急かされ見下ろせば、おろおろと不安を体現する巽の姿があった。
辺りを見渡す杏寿郎の足は現在、高い吸血木の枝にかけてある。
久方ぶりの木登りだと張り切って登った吸血木は此処一帯で特に太く高いものだ。
「しかし目玉親父殿、吸血木は一度寄生してしまえば他者に害はないのだろう?」
「うむ! そう心配せんでもこの木が儂らに牙を剥くことはない。大丈夫じゃ!」
「だ、そうだ!!」
「だからって…っ」
視界を上げて問いかける杏寿郎の頭の中から、ちょこんと目玉が飛び出してくる。
妖怪の中でも博識な目玉親父の指摘ににっこりと笑って再度見下ろせど、巽の不安は解消されなかったようだ。
「なんとも真面目な青年じゃのう…」
「そこが彼の長所だ。辺りの状況は概ねわかった。下りるとしよう!」
「ひょえっ!?」
言うや否や重力がぐんと下にかかり、小さな目玉親父の体は簡単にふわりと浮く。
どうにか焔色の髪束にしがみ付くと、目玉親父は口もない体から高い声を発した。
「お主のそのせっかちさは慣れんのう!」
「すまん! 下りる!!」
「それは下りる前に言ってくれんか…ッひゃあ!?」
「む!」
木登りも凡そ人間がするようなものではなく、両脚のみで飛躍するように簡単に飛び乗った。
その杏寿郎の大木の下り方もやはり常人とはかけ離れていて、ただただ身一つで落下するのみ。
急な落下だというのに着地はふわりと軽い。
強靭な両脚と体幹で無闇な振動を与えることなく着地する体に、しかし目玉親父にすれば余震と同じようなもの。
ころりと頭から転がり落ちれば、大きな掌に受け止められた。