第30章 石に花咲く鬼と鬼
薄らと開く唇の隙間から覗く鋭い牙。
明らかに出会った時より鋭く大きく見えるのは気の所為ではないはずだ。
〝鬼〟
蛍がその名で呼ばれる所以足る姿に鬼太郎は息を止めた。
姿形だけではない。
蛍の纏う気こそ変化したのがわかる。
妖気とは違う為すぐには気付かなかった。
しかしそれは人間にはない気の揺らぎだ。
「自分の血なら…大丈夫」
何が大丈夫なのか。
問いかける余裕はなかった。
「うぎゃぁ! た、助けてくれ鬼太郎ォ!!」
「イダダダダ! そげん引っ張ったら千切れるとばい!!」
頭上から響く二人の悲鳴にはっとする。
顔を上げれば、無数の手に群がられ体を弄ばれる鼠男と一反木綿が見えた。
鼠男の顔を四方から鷲掴み、灰色の頭巾のようなものを毟り取る。
同じに一反木綿の薄い体を無造作に引く手に遠慮はなく、ぎりぎりと限界まで引き延ばされた体は悲鳴を上げていた。
「やめ…ッんぶ!」
「おいどんに口はなかよ!?」
群がる手が何かを強制している。
鼠男の口を塞ぐようにして群がる手に鬼太郎は危機感を覚えた。
あの妖怪は直接吸血木と関係のある者ではない。
故に苗床として吸血木を寄生させる場合、物理的な方法を用いるのだ。
種を直接相手の口や他器官から内部に取り込ませる。
「っ駄目だ鼠男! 口を塞げ!!」
「んむぅ!?(ンなこと言ったって…!)」
「な、にあれ…っ」
切羽詰まる鬼太郎の耳に届いた小さな悲鳴のような声。
振り返れば怯える蛍の目が見えた。
恐怖はあの妖怪の餌だ。
咄嗟にその目を隠すように手を伸ばすも一歩遅れた。
背中を粟立たせる気配がぶわりと膨らむ。
同時に巨大なちゃんちゃんこを覆い隠す程の影が視界を覆った。
見上げた先──其処には更に夥しい数の手が群れを成している。
「しま…っ」
更に膨らみ巨大化した透明な何かが、夜空を覆い尽くしていく。
些細な恐怖も喰らう妖怪は、はははははは。と奇妙な笑い声を上げながら群れる手の波を振り下ろした。
逃げ場のない鬼太郎と蛍目掛けて。