第30章 石に花咲く鬼と鬼
鋭い爪は己の肉体まで傷付けたが、その衝撃に一瞬手の拘束が緩んだ。
痛みに構う暇などない。
無理矢理に体を捩らせ抜け出ると、蛍は鬼太郎目掛けて降下した。
「鬼太郎くんッ!」
見開く隻眼。
一瞬固まる鬼太郎の手は動かない。
「手をッ!!」
「ッ…!」
蛍の鋭い声が喝を入れる。
はっと我に返るように伸ばした少年の手は──今度こそ蛍の手に触れた。
強い力で掴み取られ、距離を縮めた蛍の体が覆い被さる。
己の背を下にして幼い体を強く抱きしめた。
落下からその身を守るように。
「!? 何を…ッ」
「私は落ちても死なないから! 大丈夫! 多分!!」
「多分なら大丈夫じゃないだろ…!」
命に別状はなくとも怪我は免れない。
打ち所が悪ければ致命傷にだってなってしまう。
抱きしめてくる蛍の腕の中からどうにか顔を出すと、鬼太郎は己のちゃんちゃんこを掴んだ。
「僕に掴まって離すな!」
「何──…!?」
ぶわりと視界を覆う巨大なちゃんちゃんこの布。
途端にがくんっと視界が揺れて、急激な降下が止まった。
抱きしめるはずが縋りつく形となった蛍は目を白黒させながら辺りを見渡す。
未だその身は高い上空。
そして頭上には夜空を覆い隠す程の大きなちゃんちゃんこ。
「それ…」
鬼太郎の両手に握られたちゃんちゃんこは気球のように丸みを帯びて空気を包み込んでいる。
簡易パラグライダーの要領で蛍と鬼太郎の体重を抱え浮いたのだ。
「す…すご…空も飛べるの…?」
「僕たちを抱えて飛ぶ程の力はない。暴れたら落ちる。じっとしていてくれ」
「えっハ、ハイっ」
勿論パラグライダーなど知らない蛍には知る由もない。
驚きと尊敬で呟けばあっさりと鬼太郎に否定され、身を強張らせた。
「(このままゆっくり降下できれば怪我もなく下りられる…けれど、)…そうさせてはくれないようだ」
ちゃんちゃんこ越しに見える上空。
一反木綿と鼠男を縛り付けるその正体を、鬼太郎は睨み付けた。