第30章 石に花咲く鬼と鬼
「一反木綿!」
「ほいさ!!」
鬼太郎の指示で一反木綿が空(くう)を切る。
上半身を大きく逸らし翻ると、鼠男の体に木綿の胴体を巻き付けた。
ぶらり、と手足を放る形でぶら下がる鼠男が宙で静止する。
「た…助かったぜ…」
いくら妖怪と言えど、町並みも小さな遥か上空。
落下すれば無傷ではいられない高さだ。
「──え?」
落ちないように一反木綿の背を片手で掴んだまま、ほっと鬼太郎が息をつく。
その横目を、ふわりと影が舞った。
スローモーションのように感じる視界。まるでゆっくりと影が離れゆくようだ。
しかしそれは一瞬の出来事で反応に遅れた。
呆けたような声を耳に隻眼で追いかけた先には、宙へと浮かぶ蛍の姿があった。
一反木綿に座っていた姿勢のまま背中から宙へと浮いている。
自ら一反木綿から離れた訳ではない。
鼠男のようにその急激な動きについて行けずに放り出された訳でもない。
手だ。
びっしりと大量の手が蛍の肩や腕や足を鷲掴み引き摺り込んでいた。
何処ともわからない空の彼方へ。
「ッ蛍!!」
今度ははっきりとその手が見えた。
半透明な薄い無数の手が蛍の体に群がっている。
咄嗟に一反木綿の背を蹴り、鬼太郎は跳んだ。
手を伸ばす鬼太郎に、蛍もまた身を捩り手を伸ばす。
「蛍ちゃ…ッ!?」
「あ!? ンだよこれァ…!」
同じく身を翻そうとした一反木綿の体がぎちりと固まる。
体を支えるはずだった胴に巻き付く木綿がぎりぎりと力を増していく様に鼠男も悲鳴を上げた。
手だ。
数えられない程の無数の手が、一反木綿の体にも纏わり付いている。
宙を自在に飛べるはずの木綿が縛られていては、重力に抗う術はない。
指先に触れはしたものの掴むことはできずに、鬼太郎の体はがくんと降下した。
「ッんの…!」
一反木綿は手に縛られ動けない。
藻掻く蛍もまた体に纏わり付く手に顔を歪めると、鋭い爪を剥き出した手を振り下ろした。
ざしゅっと肉を断ち切る音と共に、ぱっと散ったのは赤い飛沫。