第30章 石に花咲く鬼と鬼
(妖怪は彼女だけを狙ってる? 人間であれば納得できる。でも相手は鬼だ)
蛍がただの人間ではないことは説明されずとも気配で理解できた。
鼠男でさえも一発で見抜いたのだ。
妖怪ならば誰しも気付くはず。
ただし蛍が人間ならまだしも、自分達の知らない鬼だからと言って狙う理由にはならない。
寧ろ変わった妖怪だと捉えるくらいが関の山だ。
なのに何故蛍にだけ謎の手が襲い、謎の音が響いているのか。
(まさか吸血木に寄生されたのか? 幻覚でも見ているのか…っ)
だとしたら何故巽には吸血木の名残を感じたのに、蛍には何も感じなかったのか。
説明はつかないとすぐさま頭を横に振る。
説明はつかないが、謎の現象が蛍を襲っていることは事実。
そして何故かその現象は鬼太郎に牙を剥いていない。
「蛍さん、落ち着いてください。一先ずここから離れますっ」
「て…手が…ッ」
「手?」
そういえば、と思い出す。
降下して吸血木の林の中を飛んでいた時も一瞬だけ見えた。
蛍の背後に群がっていた半透明な無数の手。
それが蛍の目には未だ見えているのか。
〝見えてる世界が全てじゃない〟
それは鬼太郎が信条にしている言葉だった。
だからこそ蛍の見間違いだとは思っていない。
確かにそこには在るのだ。
蛍にだけ感じる何かが。
「手がそこら中に…ッ」
「さっきの手ですか? 何処に? どんな形をしている?」
妖気はじわじわと強さを増して肌を刺激してくる。
明らかに鬼太郎達以外の妖怪がこの町にはいる。
切羽詰まる思いが鬼太郎の口調を素に戻した。
怯えたように背を丸める蛍の目が凝視している先は──鴉が群れて飛ぶところ。
「ギャア!」
「ガァ!」
刹那、けたたましく鳴く鴉達が一斉に羽搏きを乱した。
「うおわッ!?」
「鼠男!!」
ぶちぶちと空飛ぶブランコのようなものに繋がれていた紐が一斉に千切れていく。
散り散りに逃げるように飛ぶ鴉達に、ブランコに乗っていた鼠男の体が宙に放り投げ出された。