第30章 石に花咲く鬼と鬼
「お、と」
「そうだ! 聞こえるかッ?」
「う、うん」
「葉音はっ?」
「聞こえ、る」
「どんな音だ。教えてくれ」
荒立つ鬼太郎の声を拾い上げながら、蛍は言われるがままに耳を澄ませた。
ざわざわと人混みのような騒音はよくよく聞き耳を立てれば、葉が擦れ合うような音にも聞こえる。
さわりと薄い何かが擦れて音を立てる。
はらはらと葉が舞い散るような音も聞く。
(…はらはら?)
騒音はわかる。葉が擦れ合う音も。
しかしはらはらなどと、そんなものは葉が舞い落ちる様を見た人間が付けた擬音でしかない。
はらはら。
はらはら。
「は…はらはら…?」
「はらはら?」
聞こえるままに告げれば、鬼太郎の表情が訝しげなものに変わった。
それもそのはずだ。
はらはらと耳にこびり付く。
それが本来は世界に無いはずの音だと思うとぞっとした。
一体何処から聴こえてくるのか。
無防備に晒された耳に届く音。
はらはら、はらはら、はらはは、はららは。
「は…?」
はらはは、はははは、はははは、はははは。
耳をなぞる。
奇妙な音が重なり合う。
はははははははははははは。
それはまるで淡々と続く笑い声のように。
「なに…!(気持ち悪い…ッ)」
「蛍さ…ッ」
鬼太郎の両手から無理矢理に逃れて両耳を塞ぐ。
それでも音は止まない。
頭の中でぐるぐると回る奇妙な笑い声。
頭を抱えて背を丸めれば、蛍の視界は一反木綿の背中が一面に広がった。
──はずなのに。
「ッ…!」
見えたのは無数の手の形をした何か。
木綿の背を、蛍の腿を、びっしりとしがみ付くようにして掴んでいる。
「ひ…っ!」
「蛍ちゃん!?」
反射で逃げるように蛍の体が仰け反る。
しかし此処は細い一反木綿の背の上。
崩れたバランスに蛍の体がぐらりと傾く。
「危なか…ッどげんしたと!?」
「なんだよオイ、オレは何も聞こえてねェぞ!?」
蛍の狼狽っぷりに慌てふためく一反木綿と鼠男。
鬼太郎だけが目を見開きながらも冷静にその頭を回していた。