第30章 石に花咲く鬼と鬼
(…いいや違う。こんな"人間"じゃない)
人間ではなく鬼である。
それも己の知らない世界の鬼。
改めてそう思考を塗り替えながら目の前の蛍を見ていると、自然と興味が湧いてきた。
「…蛍さんは…元々は人間だったんですよね…」
「え? うん」
目玉親父に語る杏寿郎の言葉は拾い上げていた。
蛍は鬼ではあるが悪鬼ではない。元の人間の心を忘れてはいない者だと。
「どうして鬼に?」
悪鬼と呼ぶ程だ。蛍の世界でも"鬼"という存在は人々に恐れられているものとなる。
そんな存在に、何故蛍は成り果ててしまったのか。
「うーん…色々あったんだよ」
歯切れ悪く答える蛍の表情がまたも和らぐ。
しかし先程のような綻ぶ顔ではない。
眉尻をほんの少しだけ下げて、目尻は綺麗な弧を描く。
まるで作られた笑顔に、鬼太郎は押し黙った。
おいそれとは言えない理由があるのだ。
鬼となった経緯には。
「…探索を続けます」
「あ、うん」
ふい、と素っ気ない物言いで鬼太郎が再び前を向く。
ひらひらと優雅に飛ぶ一反木綿は町の空を進んでいる。
肝心な妖怪捜しを怠ってはならないと、蛍も慌てて足元を見下ろした。
ちらほらと町明かりが視界を照らす。
しかし人影のようなものは見当たらない。
大きな町だというのに閑散とした光景には淋しさを感じるかのようだ。
「妖怪と言っても、人の姿に成り変わる者もいます。何か少しでも異変を感じたら教えてください」
「うん……ごめんね」
「謝るようなことを言いましたか?」
「…鬼太郎くんに無茶なこと訊いたなって、思って」
安易に打ち明けられない思いはある。
拭い去れないけれど曝せない過去もある。
人間と妖怪の間に立つ鬼太郎もまた、蛍と同じに一人で抱えているものもあるのかもしれない。
自分の過去に触れられようとして気付いたことだ。
足元を見つめながらぽそぽそと告げる蛍に、前を向いたまま淡々と答える鬼太郎の声に起伏はない。