第30章 石に花咲く鬼と鬼
「一反さん…も何かしっくりこないし…」
「蛍ちゃん蛍ちゃん」
「ん?」
「そげんなら一反木綿でもいいとばい。おいどんの名前は長いけん、そん方が呼び易かとね」
「でも呼び捨て…」
「おいどんは木綿の妖怪たい。木綿に年齢も何もなかっちゃけん」
「…そうなの?」
「ほいさ!」
「……じゃあ…一反木綿」
「くぅ~! 蛍ちゃんの一反木綿頂きましたァー!!」
「オイ待て待てオイ。今のどこに説得力あったよ」
「…鼠男に同意だな…」
「お。鬼太郎ちゃん珍しいこと言うじゃねぇの」
木綿であるが故の得なのか。蛍から望んだ呼び名を貰えたことに、頬らしきところを赤らめながら一反木綿がくるくると尾(のようなもの)を盛大にうねらせ揺らす。
まるで犬がぶんぶんと渾身の尻尾振りを見せているかのようだ。
面白くないのが鼠の男と鬼の少年。
何故自分の言い分は全く聞く耳を持たない癖に、一反木綿の提案には一つ返事で乗るのか。
ジト目で不服そうな表情を浮かべる鬼太郎に、鼠男は珍しいものを見たと目を止めた。
「なら私も蛍でいいよ」
「いんや! おいどんは蛍ちゃんがよか!」
「そう?…というかもうすっかり私が女だって…」
「当たり前たい! 蛍ちゃんを一目見た時もそうやったけど、おいどんの背に乗せて尚わかったと! 見た目にはない柔らかな空気! 肌の質感!! 声の抑揚!!! 蛍ちゃんの端々から溢れ出る雰囲気がおいどんに可憐な女性だと伝えてくるんよ!!」
「そ…そう…?」
杏寿郎には釘を刺されたが、鬼太郎と鼠男の前で取り繕っている訳でもない。
わざわざ男のフリをする必要はないと素でいた蛍だったが、外見は変わらず男のままだ。
女子度が高い線の細い男でもない、巽が遠慮なく絡めるだけの極々普通の一般男性。
なのに始終女性を扱うような態度を貫く一反木綿には、感心させられた。
(傍から見たらオネエ言葉の男女みたく見えないんだろうか…)
声色も男だというのに。
ここまで全力で好意を向けられる一反木綿を、ある意味でも尊敬する。