第30章 石に花咲く鬼と鬼
確かに牛鬼は、その残虐性から人間の間で広まる噂は悪いものがほとんどだ。
だからこそ封印という形で今はとある孤島の大きな岩の下で眠っている。
眠らせるという形ができているのだから、わざわざ掘り起こして騒ぎ立てる必要はない。
妖怪同士で争うことはあっても、人間同士のように戦争などしない。
それが鬼太郎達の生きる妖怪世界の理だ。
「牛鬼が、自分の角を人間に取られたってとある話を知ったから…本当なのかなって」
しかし蛍の牛鬼に対する態度は、鼠男や鬼太郎の想像とはどれも違っていた。
そわそわと気に掛けるように語るのは牛鬼の恐ろしさや、その被害に合った人間のことではない。
牛鬼自身へと気がかりな気持ちを向けるように蛍は語ったのだ。
それもそのはず。
駒澤村で観た影絵劇──"鬼の角"で蛍が気にかけていたのは、他ならぬその牛鬼だった。
「はァ? 牛鬼の角を取るなんてそんな末恐ろしいことする人間がいたのかよ」
「…僕も初耳だ。本当にそんなことがあったんですか」
「え。いや。ただの劇で見た物語だから本当かは知らないけど…っ」
「劇ィ? ハッ、それこそ架空の話だな。あの牛鬼から角を奪える人間なんざこの世にゃいねェよ。いてもそいつが牛鬼になっちまう」
「…牛鬼になる…?」
「…牛鬼は見た目は巨大な体と蜘蛛のような足を数本持ち合わせていますが、本体は目に見えない生きた気体です」
「そう、なの?」
「近くにいる生き物に憑依し、その生命力を借りて牛鬼の姿を成す。だから牛鬼は倒すことのできない不死身の妖怪として人間の間では語り継がれたりもしています」
「その正体は、倒されてもソイツにまた本体が憑依して牛鬼になるって寸法だけどなァ」
蛍が観た影絵劇の牛鬼とは随分と違う話だ。
思わずまじまじと鬼太郎と鼠男を交互に見るも、二人は嘘をついているように見えない。
おとぎ話は確かに鼠男の言う通り架空の場合もある。
それとも語り継がれるにつれて話は脱色し、塗り替えられていったのだろうか。