第30章 石に花咲く鬼と鬼
「さっき鬼の話をしていた時に、牛鬼って聞こえたんだけど…」
「牛鬼? ああ、」
「もしかして知り合いなの?」
「知り合い?」
何故牛鬼になど興味を示すのか。蛍の問いの意味がわからず、きょとんと鼠男が頸を傾げる。
構わず返答を待つ蛍はどこかしらそわそわと気持ちを逸らせているようにも見える。
その姿に興味を示したのは鼠男だけではなかった。
鬼太郎もまた隻眼の隅でちら見すると、沈黙は貫いたまま内心疑問を抱いた。
妖怪という類には怖がる姿を見せていた蛍だ。
しかし牛鬼に興味を示す姿にその恐怖感はない。
「なんだってまたそんなこと。牛鬼を知ってんのか?」
「え、と…おとぎ話みたいなもので知ってるというか…」
「おとぎ話ィ? なんだ、ただの架空話かよ。どんな話を聞いたか知らねェが、十中八九ロクな話じゃねーな」
ただのおとぎ話だと知った途端、白けた顔で鼠男がぱたぱたと片手を振る。
人間の世界で聞くおとぎ話の鬼など大半が悪役だ。
そんな話を鵜呑みにされて興味を持たれても困る。
確かに妖怪は人間に悪さを働く者も多いが、命を奪おうなどとする悪意ある妖怪はほんの一握りだ。
牛鬼は確かに人々に恐れられる妖怪だったが、だからと無暗に手を出していい存在ではない。
「っそれは、わからないけど…牛鬼の話に興味を持ったから…本当にいたんだって吃驚して…」
「へェ~…で、どんな奴か興味が出たって? 噂と一緒か確かめたくなったってか」
「ちが…っ」
片足を膝に乗せて半胡坐を掻き、そこに頬杖を突いた鼠男が姿勢と同じく態度の悪い姿を見せる。
半妖怪である鼠男は妖怪の世界とも人間の世界とも関わってきた。
故にどちらかに寄り添うつもりはないが、それでも大半の人生を送ってきたのは妖怪側だ。
故に"妖怪"という肩書を持つだけで人間にどんな目で見られるのか、どんな感情を向けられるのかもよく知っていた。
相手は人間ではない、鬼の女だという。
しかし妖怪を怖がっていた姿を見るところ、自分達の知る人間と然程変わらないだろう。
人間達は彼女のように妖怪に対して恐怖や嫌悪を抱く者がほとんどだ。
そうでない場合は興味本位が大多数。好意を向ける者などありはしない。