第30章 石に花咲く鬼と鬼
どうやら自分の知る牛鬼と、鬼太郎達の知る牛鬼とはかけ離れた差があるらしい。
それでも蛍が気がかりなことは変わらなかった。
「じゃあ牛鬼は人間に角を取られた訳じゃないんだね」
「だからそうだって何度も…」
「そっか」
当然だと言いたげな鼠男の反応に、蛍の体から力が抜ける。
「よかった」
ほっと息を抜くように綻ぶ笑みに、毒気が抜けたかのように鼠男の悪態が止まる。
同じく蛍を隻眼の隅で見ていたはずの鬼太郎も、気付けば振り返りまじまじと蛍の緩い表情を見ていた。
「よかったって……お前さん、牛鬼の家族か何かかよ…」
「そうじゃないけど。私の聞いた話は随分牛鬼が大変な思いをしてるなって思ったから。そうじゃないなら、よかった」
「…蛍さんは、僕らの知る鬼とは違いますよね」
「? うん」
「だったらなんで見ず知らずの牛鬼にそこまで親身になるんですか?」
鬼は鬼でも存在はまるで違う。
蛍の持つ術は妖気とは違っていたし、鬼殺隊というものも鬼太郎の知らない組織名だった。
父である目玉親父は少なからず知っていたようだが、それでも噂に聞いたようなものだろう。
互いの世界の間には明確な線引きがある。
なのに何故、妖怪という名のつくものを怖がっていた蛍が牛鬼にそこまでの思いを抱えられるのか。
自然と出た問いかけだった。
鬼太郎のその問いに、綻ぶ表情を止めた蛍が考える素振りも見せずに告げる。
「親身になってる気はないけど…私が嫌なだけだったから」
「嫌?」
「そうだったら嫌だなって、そう思っただけ。牛鬼がどんな鬼なのか知らないけど、人間に脅かされていたら嫌だなぁって。そうじゃないからよかったって、そう思っただけだよ」
「……」
妖怪を怖がる人間はごまんといる。
妖怪に敵意を向ける人間も多い。
妖怪に好意を向ける人間はほとんどいないが、それでもその一握りの存在を鬼太郎は知っていた。
しかし蛍はどうだろうか。
牛鬼に興味を示すというよりも、妖怪が住まう世界に目を向けているようだった。
そんな人間は果たして今までいただろうか。