第30章 石に花咲く鬼と鬼
「ッ失礼!」
「あっ」
「炎柱!?」
その揺れが凡そ人の動きのようには見えなかった所為か。迷うことなく即行動に起こした杏寿郎は店内へと飛び込んでいた。
玄関には鍵はかかっていなかった。
がらりと戸を引くと同時に中へと駆け込んだ杏寿郎に蛍と巽も慌てて続く。
「っ!?」
「うわっ!?」
しかし真っ先に飛び込んだ杏寿郎がその場で足を止めた為、ぶつかりそうに急ブレーキをかける羽目になった。
「なに…っ」
杏寿郎の背中越しに店内を覗いた蛍の声が萎む。
最後まで形になる前に息を吞んだ。
さわりと視界で揺れるもの。
それは天井まで伸びて電灯に当てられた、枝の葉だった。
「…嘘だろ…」
同じく後ろで息を吞む巽が、信じられない光景に唖然と零す。
店内はもぬけの殻だった。
ただ一つ、杏寿郎達が食事をした時と違っていたのは鬱蒼と葉を生やした赤黒い木が二本、その場に存在していたことだ。
一本は台所の真ん中に堂々たる枝を広げて生えていた。
二本目は、客席から幹を曲がりくねらせ伸びている。
まるでその席に座っていた名残を示すかのように。
「吸血木が二本…ということは、」
「うむ…被害者が二人出たということじゃな…」
「オイオイなんだよ…じゃあオレ様が来た時には…」
「既に大木化しておったんじゃろう」
後から店内に足を踏み入れた鬼太郎達も声色を落とし、鼠男に至っては人間のようにぞっとした表情で足を竦ませた。
「おッオレは何もしてねぇからな!? この町に着いたのもついさっきだし、鬼太郎のおこぼれでも貰ってトンズラかます気だったんだ…!」
「トンズラ…」
「な、なんだよッ」
「なんともお主らしいのう」
引っ掛かるところもあるが鼠男らしい言い分だ。
疑わしくジト目を向けるも、鬼太郎はそれ以上言及しなかった。
長い腐れ縁だからわかる。
ここまで顔を蒼白にして狼狽する鼠男なら、嘘はついていない。