第30章 石に花咲く鬼と鬼
「お主…」
暗闇に灯る炎のような眼差し。
そこに顔そのものである目を止めた目玉親父は何か言いたげに、しかし言葉にできずに押し黙った。
「さて! 我らはその鼠男殿が出向いたであろう蕎麦屋へ寄る。君達もついて来るか?」
その空気を変えたのは杏寿郎自身だった。
ぱっと光が差すような明るい声と表情に、ぱちりと隻眼を瞬いたのは鬼太郎だ。
(あの男は人間だ…でも妙な圧を持っている。…侍なんて存在はもうこの世にはいないはず)
目玉親父と同じく、数百年の年月も憂に生きることできる鬼太郎はその目で時代を見てきた。
侍──所謂"武士"という存在は江戸の世に栄えていた人間の役職である。
大正の世に移り変わり、その存在は次第に数を減らし姿を消していった。
それと同時に西洋文化が舞い込んだ日本。
それを象徴するかのような西洋の服を身に纏い、しかし腰には重鎮ある刀。
武士とも、また警官とも違う杏寿郎の姿をまじまじと見ながら鬼太郎は静かに頷いた。
「行きます」
相手がどんな人間であれ、放っておけない理由は一つだ。
「──親父さん、夜分遅くに再度すまない! またあの蕎麦が食べたくて来てしまった!!」
「うわあ…潔い」
「炎柱なら本当にそんな理由で足を向けそうだな…」
「確かに」
蕎麦屋の玄関口に辿り着いたかと思えば、それらしい言い訳もすることなくすっぱりと杏寿郎は空腹を訴えた。
胃袋に余地はあるのか後方で見守る蛍と巽には計り兼ねたが、鬼より深い胃袋を持つ杏寿郎なら本当に腹を空かせていても可笑しくはない。
「むぅ…返事がないな」
「でも明かりはついているし。裏に回っているとか?」
「! 待ってください」
「どうした少年! 髪が逆立っているが!」
「中から、微弱ながら妖気を感じます」
ぴんと鬼太郎の髪が一本、鋭く天を仰ぐように逆立つ。
曇りガラスの玄関では中の様子までは伺えない。
しかしほんのりと薄暗く点いた明かりが物寂しさを感じさせるようだった。
人がいそうな気配は漂っているというのに、その肝心の人の気配はない。
妖気と言われても悪鬼の気配もまた感じない。
探るように杏寿郎もガラス戸へと目を向けて──ゆらりと、明かりが一瞬陰ったのを見た。