第30章 石に花咲く鬼と鬼
「お店に何かあったんですか?」
「何かって…ただ行ったら閉め切ってたってだけだぜ? 明かりはついていたから人はいたんだろうが、呼んでもウンともスンともありゃしねェ。閉店するなら暖簾外しておけよって話だな」
「「「……」」」
「なんだ、変なことは言ってねぇぞ…?」
途端に押し黙る三人に、鼠男の髭先がぴくぴくと不安そうに揺れる。
確かに只今の時刻は日付も変わった深夜。
客がいなければ店を閉めても可笑しくはない時間帯だ。
「だがあの親父さんなら、客が来たとあらば蕎麦の一杯は出してくれそうな気がするが…」
店主本人も、客足の悪さを愚痴っていた。
今は一人でも蕎麦を食してくれる者がいればありがたいと思えるだろう。
鼠男の発言が本当なら店内にはいそうなもの。
偶々席を外していたのだろうか。
「…蕎麦屋を一度訪ねる」
「あっ炎柱…!?」
「蛍。弁当が潰れないように頼む」
「っはい」
一瞬沈黙を作った後の杏寿郎の行動は早かった。
踵を返して蕎麦屋へと歩き出す杏寿郎を、慌てて蛍と巽が追う。
差し出された弁当の風呂敷を己の影へと沈ませる蛍に、静かに目を見張ったのは鬼太郎達だ。
「ほう。先程も見たが面白い力だのう」
「妖術とは違うようですね…」
「なんだァ? アイツ、人間じゃねェならなんなのよ」
「僕も詳しくは知らない。父さんに訊け」
「儂もそこまでは…ただ、あの者もまた〝鬼〟と呼ばれる生き物であることは確かじゃ」
「鬼ィ? 鬼なんて沢山いるだろうが。茨木童子に鬼一口に天邪鬼に牛鬼に…」
「そ奴らとは全く別の存在じゃよ。長い年月を生き、人に害成すところはある意味似てるやもしれんがのう」
「──目玉親父殿」
先を進んでいた杏寿郎がぴたりと足を止める。
振り返る口には貼り付けたような笑みが浮かんでいたが、その双眸はありありと語っていた。
「我らの世界で人に害成す鬼をひとえに〝悪鬼〟と呼ぶ。蛍は悪鬼ではない。今後はその発言に気を付けて頂きたい」
決して間違えることなかれと。