第30章 石に花咲く鬼と鬼
目の前から響いてくるが、蛍の視界に映っているのは年端もいかない少年のみ。
その口はぴくりとも動いていない。
ではこの声は何処から──
「儂らは敵ではない! 待ってくれッ!!」
切羽詰まったように響く声は、更に目の前から届いた。
対峙して立つ少年の髪の中。
そこからぴょこりと飛び出したのは真っ赤な血のように赤い赤い──剥き出しの眼球。
「お主は"鬼"と呼んだが、儂らはその類の者ではないんじゃ」
口はない。
あるべきところに収まっていない、剥き出しの眼球が一つ。
「だから戦う必要はない。どうかわかってくれんか」
その眼球から体が生えたかのように、小さな頸と胴と手足がくっ付いている。
「頼む…ッ!」
その眼球から声がするのだ。
体ともわからない小さな手を合わせて、頼み込むように。
「……」
開いた口が塞がらないとは正にこのこと。
驚き限界まで目を見開く蛍に、少年の頭によじ登った眼球がこてんと傾く。
まるで頸を傾げるように。
「おーい。大丈夫かのう? 聞こえておるか?」
「…ぁ…」
「ん?」
その唇の端がひくりと震える。
刹那。
「目玉が喋ったぁあアあアアア!?!!!!」
脱兎の如く。
真後ろに飛び跳ねた蛍は全身の毛を逆立てるかのような四つん這いで、刀を構えたままの杏寿郎の背中に隠れ込んだ。
「む!?」
「き、ききょじゅろ…! 杏寿郎ッ!! め…! 目!!」
「うむ! 言いたいことはわかっている! 落ち着け!」
「目玉が…! 動いて! 喋ってるッ!!」
「そのようだな!!」
「て、てて手足が…! ある…!!」
「見ての通りだ!!」
羽織にしがみ付き、目を合わせないようにして必死に指差す。
蛍のパニック状態は見慣れてでもいるのか、律義に一つ一つ答えながら杏寿郎も声を上げた。
「しかしあれは幽霊ではないぞ! 落ち着け蛍ッ!!」
「ひえッ幽霊って言わないで! お化け!!」
「お化けではないな! 鬼でもないようだが!!」
「鬼じゃないならお化けでは!?」
「お化けではない! 見ろ、足は透けてないぞ! 二人共に実態がある!!」
「目玉に体…ッ!? ひえ…!!」