第30章 石に花咲く鬼と鬼
「なっなんで男!? お前男だったのか…ッ!?」
「そういう話は後で!聞きます!!」
迫るちゃんちゃんこを影で押し流すと同時に片腕を振るう。
途端に空を舞う影波が横払いに波打ち、蛍と巽へと迫った。
「ぎゃー!! こっち! こっちに来てるぞォおお!?」
「お弁当掴んでて下さいね!!」
「ぅおわァ!?!!」
ようやく両手で巽の体を掴んだかと思えば、蛍が空へと放る。
宙へと浮き上がった体は忽ちに黒い波に飲み込まれた。
ざぶりと地面へと帰る波が、蛍の影と化す。
間際に波からぽわんと浮き上がったのは一つのシャボン玉。
人一人入れる大きなシャボン玉の中で座り込んでいたのは、唖然としたまま口を塞げない巽だった。
「そこにいればちょっとやそっとじゃ破られません。動かないで下さいッ」
「え? は!? ええぇえ!? ま、待て!」
「あの鬼退治が先!!」
シャボンで浮く巽をそのままに駆け出す。
押し流されたちゃんちゃんこは生き物のように収縮すると、すっと少年の体を羽織るようにあるべきところへ収まった。
(あれが血鬼術…!? 他の物体を動かせる能力があるんだ!)
テンジとは異なる術だが、それでも脅威は脅威だ。
少年だけを相手にしていればいい訳ではなくなる。
「まだ何か操れるものがあるかもしれない…! 師範の目を借して下さい!」
「蛍!」
「私はあの子との談判!の、前に!!」
駅内を出ていたとて然程距離はない。
急速にそれを詰めると、杏寿郎の横を通り過ぎ様に蛍はぎゅっと拳を握った。
「一度叩くッ!!」
相手が悪鬼かどうかはまだわからない。見定める為の話を交えるには、まずその環境を作らなければ。
相手が好戦的ならば大人しくさせる必要があると、握った拳を振り被り少年の前で対峙する。
一触即発。
蛍の拳が届くのが先か。
少年の謎の術が蛍に牙を剥くのが先か。
「ッ待て! 待つんじゃッ!!」
緊迫した一瞬の瀬戸際を止めたのは、歳を重ねた重きのある男の声だった。