第30章 石に花咲く鬼と鬼
鬼の名はテンジといった。
人の記憶を喰らっていたが、それは本人には遊びの延長線上だった。
人間に対して拭い去れない憎しみは持っていても、根本は優しい心を持つ鬼だった。
故にあの小さな体からは血生臭さは感じなかったのだ。
この目の前の少年ももし同じ類だとしたら──
(巽さんは、餌だ)
先程から無機質な少年の目は巽だけを見ている。
左目をすっぽりと隠す程長い前髪。
その前髪がごそりと不意に揺れ動いた。
少年自体は一歩もその場から動いていない。
まるで中から何かが盛り上がるようにして髪を押し上げ、覗いたのは──剥き出しの目玉。
「っ──!」
ずるりと零れ落ちるかのように目玉が剥き出しになっているというのに、少年は悲鳴の一つも上げていない。
闇に光るような鈍い赤い目玉は見間違いようがない。
喰い入るような少年の視界から逃れるように、隠はその場から飛び退いていた。
「うあ…っ!?」
ダンッ!と地面を強打する。
足音を一つ残して、少年の目の前から二人の姿は消えていた。
一歩遅れて響いたのは巽の悲鳴とも取れない叫び。
同時に鞘から刀を抜き去りそのまま横一閃に振り抜いた杏寿郎が、少年の頸を狙った。
時間にして一秒もかかっていない。
しかし刃は少年の頸を両断はしなかった。
「やっぱり、」
からん、と下駄が転び鳴る。
「何か一枚、被っていたような感じはしていた」
ころん、と鳴り響く。
杏寿郎の刃が空を切る。
間合いを取るように退いた少年の体は駅の壁まで跳んでいた。
凡そ常人ではない移動を見せながら、その声は淡々と変わらない声量でただ一点だけを見る。
「人ではないもの」
そう告げた少年の視線の先には──同じに跳び退き、駅の出入口まで移動した隠が立っていた。
「えっ…は!?」
背を向け身を低く、跳躍後の猫のような姿勢で振り返る。
その上に担いでいるのは、三つの弁当が入った風呂敷を背負っている巽だ。
相手は隠として訓練を受けている男だとしても、巽もまた男である。
大体いつ担ぎ上げられたというのか。
強い力に引き寄せられたかと思えば、気付けば駅内は遠のいていた。
驚きのあまり巽の声が裏返る。