第30章 石に花咲く鬼と鬼
「いると言っても此処にはいないみたいだぞ。夜は危ない、家まで送ろう」
隠の隣に並んだ巽が提案を持ちかける。
目が合えば、先程と同じく苦く笑われた。
しかし罪悪感の募るような先程の笑顔とは違う。
「俺は弁当を仲間に配りに行く仕事があるし。ついでだから」
「巽さん…しかし、」
「これは炎柱に任された仕事なんだ。ちゃんと遂行する」
本音は、杏寿郎の任務に同行したいだろうに。
その杏寿郎に任されたからこそと姿勢を正す巽に、隠はそれ以上はと口を閉じた。
ぴくりと、そんな二人の前で顔を僅かに上げたのは年端もいかない少年。
「…きゅうけつき」
「え?」
「吸血鬼?」
幼さを残す細い指が、ついと巽を指差す。
「貴方から感じる。人ではないものの名残りが」
「お…俺?」
「吸血鬼って…やっぱりもしかして鬼のこと?」
人ではないもの。
そこに当てはまるのは鬼だけだ。
巽が鬼と接触したのかと隠が目で問えば、ぎこちなくもその頸は横に振られた。
「確かに鬼は捜しているけど、この任務にあたってからはまだ…」
「ふむ…よもや知れぬうちに接触していた可能性もあるのかもしれないな」
「そ、そんなことが?」
「それがあの切り裂き魔なら。人の目を掻い潜れる足を持つ」
巽が知らぬ間に悪鬼と遭遇していた。
その可能性に場の空気が静まる。
二人の後方で思考を回していた杏寿郎は、「だが」と、いつもは見開くような瞳を細めた。
「何故そんなことを少年の君がわかるのだろう」
杏寿郎の指摘は尤もだ。
相手は鬼殺隊ではない。十歳前後の子供だ。
それが何故「人ではないもの」などという言葉が出てくるのか。
悪ふざけにしては度が過ぎているし、そもそもふざけているようにも見えない。
(けれどこの子供からは血の匂いがしない。だから鬼では──)
ない、と何故言い切れるのか。
ふと思考を止めた隠の脳裏に横切ったのは、歪な姿を持つ少年だった。
沢山の小鬼の集合体であった少年からは血の匂いがしなかった。
人間の体を喰っていなかったのだから当然のこと。
しかし少年は別のもので空腹を満たしていたのだ。
人の記憶を奪い喰らうという、異端の鬼として。