第30章 石に花咲く鬼と鬼
「──なんだったのかしら…お弁当買ってくれたのは嬉しいけど」
売店を閉め、道具をまとめた大きな風呂敷を背負う。
少女ふくの目は駅を出ても尚、困惑を残したまま未だ明かりのついた仕事場を見つめていた。
「早く帰るよ、ふく。どうも嫌な感じがしてきたわ」
杏寿郎に手渡された二人分の弁当。
それを運ぶトミの手に微かに力が入る。
「まるで背筋が凍るような…」
その目は背を向けた駅を見ていない。
いつもは多少のことでは揺らがない穏やかな性格をしているトミ。
何かと物事に対して早急に反応を示していたのはふくの方だ。
なのにそのトミが、急かし帰路に着く。
見慣れない祖母の姿にふくは不思議そうに頸を傾げた。
「…おばあちゃん…?」
背を背けたトミの顔は見えない。
しかし弁当を握るその手が微かに震えていることを、ふくの視界は捉えていた。
──からん、ころん。
口を開いた隠の言葉を遮るように、聞き慣れない足音が響く。
振り返った杏寿郎達の目に映ったのは一人の少年だった。
「おや。まだ人がいたのか」
「あっさっきの…」
「さっきの?」
「厠の前で見かけた少年です。まだ帰ってなかったのかな」
荷物らしい荷物も持っていない、学童服を身に纏った小柄な少年。
自然と下へと向く視線をそのままに、隠は今一度少年へと歩み寄った。
「そういえば、さっきは勝手に話を中断してしまったね」
「……」
「もう大分遅い時間帯だけど、一人でこんな所にいて大丈夫なのかな」
「……」
「ふむ。随分と無口な少年だな!」
優しく声をかける隠をじっと見返す右目は大きく、結んだ唇はぴくりとも動かない。
幼い子供らしかぬ姿に巽は眉を顰めて、杏寿郎は笑みを浮かべたまま頸を傾げた。
「もしかして迷子、とか? だったら一緒に親御さんを捜してあげるけど、どうだろう」
「……親はいます」
「あ、そうなんだ」
沈黙の後、ぽつりと返された返事にほっと隠の肩が下がる。
親がいたこともそうだが、意思疎通はどうやら取れない訳ではないらしい。