第30章 石に花咲く鬼と鬼
「ふむ。確かに隊の序列を考えれば君の指摘も尤もだ。…しかし、」
一歩踏み出した杏寿郎の羽織が、ふわりと翻る。
押し退けるでもなくするりと二人の間に体を割り込ませると、自然と距離を取らせるように立ちはだかった。
「あの場で弁当屋の少女の心に寄り添えられたのは、彼の素早い判断があってこそ。言葉ではいくらでも取り繕えるが、他人の心を動かすのは一瞬の行動だ。…誰も嫌な思いを抱えることなく事を終えられたのは、言うまでもなく彼のお陰だろう」
「炎柱様…俺にそこまでの技量は」
「そんなことはない! でなければこの弁当も手に入らなかったやもしれん!」
わはは、と口を開けて快活に笑う。
杏寿郎が持つその竹を割ったかのようなさっぱりとした空気は、些細なことなら流してしまう。
互いに杏寿郎越しに視線を合わせた二人は、ふ、と同じに肩を下げて口元を緩めた。
「なんか…ごめんな。荒立たしいことを言ってしまって」
「いえ。それだけ巽さんが真剣に鬼殺や炎柱様を思っている証でしょう。それに貴方の言うことは間違っていない」
「だとしても、言い方が悪かった」
「いえいえ。言い方なんてそんなこと。どこぞの風柱様に比べれば…」
「風柱?」
「ンン"!…すみません」
「いや、俺は別に…」
口元を押さえる隠に、頸を振りながら巽の表情が砕ける。
物腰丁寧な言葉遣いを使っている割には、素直な感情も吐露する。
泣く子も黙る風柱。と不死川実弥のことは隊士達の間でも噂されている程だ。
その怖さは隠にもひしひしと伝わっているのだろう。
そうと悟れば途端に親近感が湧く。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」
自己紹介は巽からだけだった。
名前を知りたいと問いかければ、隠は口を噤んだ。
鬼殺隊での隠の役割は主に影の補佐的役割が多い。
故に皆頭巾で顔を隠しているが、名前まで黙秘している訳ではない。
それでも口を開かない隠に、巽の明るく上がっていた口角が少しだけ下がる。
「悪い。不躾なことを訊いたかな」
「っいえ」
柱の側近でもある隠だ。簡単には素性を明け渡せない立場なのかもしれない。
そう苦い笑みに変わる巽に、はっとした隠が声を上げる。
「俺は──」
からん、ころん。と。
遮ったのは下駄の音。