第30章 石に花咲く鬼と鬼
底無しの胃袋を持つと噂の恋柱、甘露寺蜜璃。
それに並ぶ胃を持つ杏寿郎は、流石蜜璃の元師と言おうか。
「ここからは俺達だけで行く。ご苦労だった」
「え? ま、待って下さい炎柱…!」
「ん?」
「俺も行きます! 無限列車に向かうのでしょうッ?」
「そうだが…君にはその弁当を隊士達に届ける役目を任せたいのだが」
まじまじと見ていれば、杏寿郎はあっさりと背を向けると駅内へと再び戻ろうとした。
それを咄嗟に止めたのは、深夜に走る列車など無いと言う為ではない。
「だったらその隠にもできる任務です! 俺は剣士として炎柱と共に…ッ」
弁当を運ぶだけの任務なら、剣士の出番ではない。
当然のように杏寿郎の斜め後ろで控える隠が適任ではないのか。
そう言いたげに指差す巽に、差された隠の暗い瞳がぱちりと瞬く。
「大体、炎柱の側近としてついてる隠なら率先してその荷物も持ったらどうだッこれじゃ大事な時に炎柱が刀を抜けないだろう…ッ」
隠でありながら凡そ隠らしい働きはしていない。
そう自然と荒くなる巽の口調に、はっとした隠が慌てて頭を下げる。
「す、すみませんっ俺が持ちます、炎柱さ」
「いい、構うな。これは俺の弁当だ。よって俺が持って然るべき!」
「しかし…っ」
「それより先程、弁当屋のご婦人に酒をおまけして貰えた。君の口に合うだろうか?」
「炎柱!」
我が道を行く空気で笑って躱す杏寿郎は、隠に酒まで進める始末。
根が真面目だからこそ見過ごせず、巽は大股で歩み寄ると弁当の風呂敷を握ったままの手で隠の手の甲を小突いた。
「大目に見過ぎではありませんかっ? 先程のあんぱんの件だって炎柱が投げ付けられた身だというのに…ッ謝罪は尤もだとしても、一般市民の前で目下の者が駄目出しするなんて。お前、図々しいぞ!」
初対面の敬語も外れ、厳しく咎める巽に隠の顔がはっとしたように上がる。
それも束の間、慌てて頭を下げると背も丸めて縮ませた。
「そう、ですよね…すみませんッ俺の落ち度ですッ」
「ぇ…あ、ああ…」
「炎柱様も、出過ぎた真似をすみませんでした!」
勢いが削がれるとはこういうことか。
素直な隠の謝罪に巽の方がたじろいでしまった。