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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第30章 石に花咲く鬼と鬼



「えっぜ、全部…!?」

「そうだ全部だ! 君が抱えている弁当以外に店頭に並んでいる分も全部!」

「えぇっ!? そんなに食べられないんじゃ…っ」

「いいや食べる!!」

「ぇえぇえ…ッ」


 杏寿郎の底なしの胃袋をしらないふくは、勢いに圧されるままに困惑している。
 ずいっと踏み出す杏寿郎に、びくりと一歩下がるふくの足。
 とん、と間に着いたのは知らない他人の足だった。


「炎柱様」

「む?」


 二人の間に踏み入れたのは、突き当たりで様子を見ていた隠の男。
 その手がぺちりと、杏寿郎の手首を指摘する。
 触れるには強く、叩くには優しい動作で。


「その前にまず、このあんぱんは炎柱様のものではありません」


 手首の先に握られた大きな丸いあんぱん。
 一口齧られた跡が残るそれを見て、隠はジト目のままに頸を傾げた。


「お弁当を買う前に言うべきことがあるのでは」

「むぅ…すまん」

「俺にじゃありません。このあんぱんの持ち主にです」

「っそうだなすまない!!」

「えっ」


 カッと顔を上げたかと思えば、がばりと頭を下げる。
 ふくに対して深々と謝罪の姿勢を取る杏寿郎は、先程までの清々しい姿と似て異なる。


「君の大切な夜食を台無しにしてしまった! 責任を取りたい! 故に弁当を全て買わせてくれないだろうか!!」

「えええっ」


 何故夜食の責任が弁当爆買いと繋がるのだろうか。
 やはり困惑の顔しか見せられないふくに、並んだ隠も頭を下げる。


「貴女方が作られたお弁当を代替えにして申し訳ありません。しかしこちらには手持ちが何もありませんので…よければ買わせて頂いたお弁当を一つ、お嬢さんの夜食に当ててくれませんか」

「あ、そういう…」

「はい。手前勝手なお願いですが」


 頭を上げて苦く笑う。
 瞳も髪も口調も主張の激しい杏寿郎とは違い、黒を基調とした身形姿の隠の男。
 歳は杏寿郎と然程変わらないだろうか。成人男性の柔い物腰の誘いに、ふくはたじろぎながらほんのりと頬を染めた。

 そんな優しい低い声で「お嬢さん」などと呼ばれたのは初めてかもしれない。

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