第30章 石に花咲く鬼と鬼
線路の見回りをもう終えていたのか。
親子の前に立つ杏寿郎に目を止めたのは隠だけではない。
駅内の見回りを終えた巽もまた、其処へ足を向けていた。
「俺は鬼を捜している者。鬼を見ていませんか?」
「ええ!? いきなり!?」
「杏寿郎様! 単刀直入ガ過ギマスッ」
しかし歩み寄る前に、ずばんと率直に問いかける杏寿郎に驚いてしまう。
一般市民に鬼の情報を聞いて回ることはあれど、順序も相手の顔色も見ることなく、いきなりその質問はない。
相手が鬼と関りのない者であれば、ただの不審者に思われてしまうだろう。
「ぁ…あ…」
「ん? ご婦人、何かご存じか」
更には杏寿郎の風貌も要因なのか、目を見開きただただ驚いて言葉を詰まらせるトミに強い金輪の双眸が向く。
咄嗟に祖母を守るようにふくは立ち上がると、両手を広げて仁王立ちした。
「ぉ…鬼っ? 変なこと言って…なんですかッ近付かないで!」
「危ない! そんなにぶるぶるしていたら大切なあんぱんを落としてしまうぞ…!」
仁王立ちしながらもその声も体もふるふると小刻みに震えている。
杏寿郎の身形や顔立ちは、不慣れな者では威圧を感じても可笑しくない。
ぷるぷると震える手に握られた大きなあんぱんもまた、同じにぷるぷると震える。
そこへずいっと杏寿郎が顔を近付けるものだから、反射的にふくは手にしたあんぱんを力強く投げつけた。
「来ないでぇえ!!」
「あ。」
「うわっ」
べしん!と顔面に綺麗に入る丸いあんぱん。
思わず声を漏らす隠と巽に左右から見守られながら、杏寿郎は口元に浮かべた笑みを消すこともなく。
目元を覆うあんぱんを手にすると、はくりと大きくかぶり付いた。
「あ。(食べた。人のあんぱん)」
いくら顔に投げつけられようとも、それはふくのあんぱんである。
思わず隠の顔がジト目に据わる。
「うまいッ!!!」
びりびりと駅内に響き渡る杏寿郎の歓喜の声。
それでも笑顔を浮かべているのは当人の杏寿郎だけだ。
隠はジト目を、巽はあんぐりと開けた口をそのままに、要も鴉であるのに羽毛に冷や汗が浮かぶかのようだ。