第30章 石に花咲く鬼と鬼
幼い子供に血の匂いが染み付いていることこそ不自然なもの。鬼である可能性が高い。
しかし目の前の少年からは血生臭さは感じない。
ほっと笑顔を見せて問う隠の姿に、じぃっと再び少年の視線が突き刺さった。
(鬼じゃないんだろうけど…なんだかこの視線怖いな)
表情をぴくりとも変えることなく、じっと無言で見てくるのだ。
大きな瞳はしているが、黒目に当たる瞳孔は小さい。
三白眼だろうか。玄弥辺りが当て嵌まる目つきをしているが、あんな鋭さはない。
少年独特の丸い大きな瞳の中心に、感情が読めない小さな瞳孔がある。
見慣れない瞳はなんだか心落ち着かない。
「君、名前は──」
無言の圧を緩和させる為にもと、言葉を続けようとした。
「鬼なんかいないよ!」
その空気を破ったのは売店にいた少女の荒い声。
はっきりと告げた"鬼"という言葉にぱっと隠の顔が上がる。
「また鬼の話…っダメだよ、頑張ってお弁当売らなきゃいけないんだから。お母さんはお腹が大きいし、お父さんは食堂の経営うまくいってないって」
突き当りの曲がり角まで戻れば、少女ふくが祖母トミに申し立てていた。
「夜は鬼が出るから」とトミに告げられ、咄嗟に出た言葉だった。
もう自分は絵本で寝かしつけられるような幼い子供ではないというのに。
そう言いたげに荒げるふくに対し、トミは変わらず優しい目をしている。
「そんな心配は大人がすればいいの。早朝と夜はおばあちゃん一人がやるから」
「おばあちゃんが切り裂き魔に襲われたらどうするの!?」
「あんたの身代わりなら本望だよ」
「おばあちゃん…っ」
切り裂き魔事件の恐怖は民間人にも浸透している。
それでも尚、生きる為には働かなければならない。
例えそれが鬼の蔓延る深夜でも。
騒ぐふくの声に引き寄せられるように、向く足が一つ。
その姿に、踏み出そうとしていた隠は己の足を止めた。
「やあ、こんばんは! 気持ちのいい月夜ですね!」
足音と人の気配。
それに気付いたふくが振り返れば、売店の前。ふくのすぐ目の前にその男──煉獄杏寿郎は立っていた。