第30章 石に花咲く鬼と鬼
そんな親子の会話に耳を傾けていた隠は、やがてきょろりと手持ち無沙汰に辺りを見渡した。
(せめて駅内だけでも見て回ろう)
いくら隠と言えど、何もせずにいるのは気が退ける。
巽が足を向けた駅内とは反対側へと進んでいけば、曲がり角の奥。厠の入口前に人影を見つけた。
駅内には売店の親子だけだと思っていた。
陰となる其処に人が立っているとは思わず、反射的にびくりと足が止まる。
「…ぁ」
しかし自分よりも背丈の低い人影に、その正体を知った隠はほっと肩の力を抜いた。
厠の前に立っていたのは一人の少年だった。
ふくよりも幼い十歳頃か、下手すれば二桁にも満たない年頃に見える。
深い茶髪はおかっぱで少年にしては少し長く、左目を丸々隠す程に前髪も長い。
唯一覗く右目はまぁるく、少年らしい顔立ちをしていた。
「こんばんは」
時刻は深夜。少年が一人で出歩く時間ではない。
厠の見回りついでにと歩み寄りながら声をかけた。
「君、売店の子?」
「…いえ」
てっきりそうだとばかり思っていた問いは予想外の否定をされて、思わず少年をまじまじと見つめる。
深い藍色の学童服は、短パン姿の為に幼さをより強調させている。
上には袖のないちゃんちゃんこを着ており、素足には赤い鼻緒の子供下駄。
何処にでもいるような子供に見えた。
しかし冬が迫るこの秋夜に、少しばかり薄着ではないだろうか。
「じゃあ君は何処から…?」
「……」
問えば答えは貰えなかった。
無言でじっと見上げてくる片目は幼い瞳なのに、何故か背中が肌寒く感じる。
「きゅうけつき」
「えっ」
ようやく口を開いたかと思えば、ぽつりと告げた少年の言葉は予想外のものでまともな反応ができなかった。
それでも"鬼"が混じるその名称に、ぴくりと隠の肩が跳ねる。
「って知っていますか?」
「吸血鬼…? え、鬼、は…知っているけど…」
「鬼を知っているんですか?」
「ああ、うん。その鬼を捜しに此処へ来たんだ。君は何か知っているのかな」
何処となく少年の存在には腑に落ちないが、目的はそこではない。
目線を合わせるように屈んで笑いかける。
近くで嗅いだ少年の体から、血の匂いはしなかった。