第30章 石に花咲く鬼と鬼
時刻にして深夜。
最終列車も通り過ぎた真夜中の駅。
それでも明かりのついた其処に、足を運ぶ三人の人影。
しんと静まり返った人気のない駅内を覗けば、客はいなくとも其処で生業をしている者達がいた。
「あれは…」
「売店ですね。まだ人は残っていたみたいです」
「そのようだな。まずは駅内を見て回ろうか」
駅弁や飲み物を売っている売店売り場。
その前で、弁当の入った番重(ばんじゅう)を頸からかけている少女が座り込んでいる。
歳は十代半ばといったところか、丸い眼鏡の奥にある同じに丸い瞳は幼さを残していた。
後ろの売り場には年老いた老婆が一人。
身内だろうか、同じ丸い眼鏡の奥にある優しい瞳はどことなく少女と似ている。
仕事をしている者達を邪魔する気はない。
背を向けると、杏寿郎はざっと駅内を見渡した。
深夜は鬼が活動する時間帯。万が一危険な目に合わないとも限らない。
駅内を隅々まで見回りする為に一人足を進める巽の肩に、ふわりと杏寿郎の鎹鴉である要が停まった。
「では俺は線路を見てきます。何か痕跡が残っているかもしれないので」
「いや、そこは俺が見てこよう。君は隠故、安全な場での待機を頼む」
「…はぁ」
巽が向かった先とは反対の線路を指差す隠には待ったをかけて、己の足を進める。
そんな杏寿郎の背を見送りながら隠は力のない返事を返した。
「はぁ…」
そこに重なったのは、返事ではなく力のない溜息。
両手で握った大きなあんぱんを見つめながら沈んでいる、売店の少女だった。
「ふく。溜息ついてないで、あんぱんお食べ」
「うん…」
【洋食割烹法】と書かれたレシピ本を読みながら、老婆が優しい声をかける。
少女と同じ背丈のこじんまりとした老婆は、口元に柔らかな微笑みを乗せていた。
「お客さん、今日も少なかったね」
「…毎日言ってるけど、暗い時間は危ないから。明日のお手伝いはお昼からにしようね」
老婆の名はトミ。少女ふくの祖母であり、長年この商売に身を投じてきた者だ。
沈むふくとは違い、その顔に負の感情は浮かんでいない。