第30章 石に花咲く鬼と鬼
(──そういえば…姿が見えないな)
切り裂き魔事件。
被害者である女性に対して同じ人間よりも鬼である彼女が、大層感情を揺さぶられていたようにも思えた。
その炎柱の継子であり鬼殺隊に属する鬼である蛍は、一体何処にいるのだろうか。
つい先日のことを思い返しながら蕎麦屋の店内を見渡す巽に、何杯目ともなるかわからない次の蕎麦を待つ杏寿郎の視線が止まった。
「どうした?」
「いえ…此処には炎柱がお一人で?」
「…蛍のことか?」
「えっ」
まさかたった一言で心中を言い当てられようとは。
何気なく放った己の言葉を二度見するように、巽はぐりんと頸を回し杏寿郎を凝視した。
「先程から誰かを捜しているような素振りだったからな。俺の隣にいる者とあらば蛍しかあるまい」
「ぁ…はい。…切り裂き魔の被害を気にしているようでしたので。被害者の回復の傾向を伝えた方が良いかと思いまして…」
「うむ! 蛍もそれを聞くと安心するだろう。特に顔に傷跡は残るまいかと心配していたからな。俺から伝えておこう」
杏寿郎の受け答えからして、この場に蛍はいないのだろうか。
そもそも鬼は人と同じ食事は取らない。
蕎麦屋にいても蕎麦を食すことはできないだろう。
外で待機でもしているのかと、捜す目を止めて一人巽は納得した。
路地裏に杏寿郎を連れ去った蛍の怪力にも目を見張ったが、何よりその距離感が師弟のそれとは少し違って見えた。
言うなれば歯の隙間に小骨が引っ掛かるような感覚。
それは小さな違和感だが、放っておける程気にならないものでもない。
(まぁ、炎柱は目つきや声に少し圧を感じる時もあるけど、面倒見の良い性格だって言うし。あの鬼のことも継子として、しかと育てているんだろうな)
それでも相手はあの柱。
自分が気にするだけ野暮だと、目の前に運ばれてきた蕎麦に巽の視線は逸れた。