第30章 石に花咲く鬼と鬼
「む。言いたいことがあるなら全て聞く。だが撤回はしないぞ。何がなんでも今回蛍を餌に使う気はない」
「…ワカッタイイヨモウ」
「…蛍?」
「私ノ負ケデス」
凛々しい姿に竹を割ったような清々しい性格を持ち合わせているのが煉獄杏寿郎という男だ。
なのに今目の前にいる彼はなんだ。
(多分、これも杏寿郎なんだろうけど)
自分にだけ見せてくれた、十歳程の少年が持ち合わせるような支離滅裂な我儘。
今見えているこの姿もその片鱗なのだろう。
炎柱として、師範としての杏寿郎なら、ここまで蛍の囮役を否定などしなかったはず。
その長年造り固めてきた姿勢を乱す程に、想いを膨らませてくれたのだと思うと無碍になどできない。
寧ろ自分にだけ向けられた特権なのだと、頸の後ろ辺りがなんだかこそばゆくなる。
「杏寿郎がそこまで言ってくれるなら、餌になるのは止める」
「本当かっ?」
「うん」
恐る恐ると両手を下げて深く頷けば、安堵の混じる笑顔が向く。
先程隊士達の前でよく見せていた基本となるような笑顔ではない。
綻ぶ口元に下がる眉。なのに目元は眩い煌めきのようなものが見えて、
「ん"んッ」
「蛍?」
「ナンデモナイ」
思わず大きな感情がまろび出そうになった。
「私は杏…炎柱の継子だから。師範の指示なら従います」
自分までもが素の感情を吐露してしまいそうで、咳払いと共にしゃんと背筋を伸ばす。
継子としての役目を全うしなければと切り替える蛍に、杏寿郎の表情にも再び鋭さが戻った。
「うむ。そうしてくれると俺も嬉しい!」
「御意」
「では早速、一つ任務を与えてもいいだろうか」
「一つ?」
ぴ、と蛍の前に人差し指を立てて。頸を傾げる蛍に、杏寿郎は凛々しい表情のまま頷いた。
「蛍にしかできない任務だ」