第30章 石に花咲く鬼と鬼
「最後に"食事"をしたのは五日前だ。安定した君の食事の周期は週に一度。それを踏まえればいつ飢餓が出ても可笑しくはない」
「…それは…まぁ…」
「そんな状態の蛍を囮にする訳にはいかない。いくら君が切り裂き魔より腕が立つ鬼であろうと、万全を期していなければ当然の結果は生まれないんだ」
「……」
告げる杏寿郎の意見は一理ある。
怒りで切り裂き魔しか見えなくなっていた自分とはやはり違うのだと、柱としての風格を見たかのようだった。
思わず口を噤んで反省の色を背負う。
「それに…対象の顔を切り刻み弄ぶ悪鬼など、蛍に触れる資格もない」
(…んん?)
かと思えば引っ掛かる物言いに反省の色が止まる。
「例え仮初だとしても、何故わざわざ蛍がそんな悪鬼の為に餌役を買って出なければならない。そんな必要性などどこにもないだろう」
「…え」
「蛍の鬼殺隊としての腕前も、囮として擬態する能力も買ってはいるが、わざわざそんな無駄なことに使用することもない」
「ま…待って杏寿郎」
淡々と告げる杏寿郎の声色に抑揚はないが、雲行きが怪しくなってきた。
思わず目の前の師ともなる男を見れば、凛々しい眉が不服そうに眉間に皺を刻む。
「よって今回、蛍を鬼の餌役になどさせる気はない。例えあの場の隊士全員が賛同したとしても良しとはしないぞ」
貫くような視線はこちらへと向けられず。
薄暗い裏路地の隅を睨むように目を逸らして、杏寿郎はぼそりと口を尖らせた。
「俺が嫌なんだ」
今までの闊達さは何処へやら。
小さな小さな声で告げたその思いこそ杏寿郎の腹の底の本音だ。
(…かっ)
炎柱という肩書がよく似合う立派な風貌をしていながら、まるで幼い子供の如く。視線を合わせず言い逃げするように吐露した思いに、蛍の両手がべちんと顔を叩く。
(わいい…!)
目の前の愛おしい者の顔ではなく、己の顔を。
両手で隠すように顔を覆って思わず俯いてしまったのは、その有り余る可愛さからだ。